【未来予測】先端テックのウェルビーイングな使い方
NewsPicks Brand Design|2023年3月21日
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2023年、生成AIの台頭により、人と機械の新しい「対話」が始まった。急速に進化するAIはすでにさまざまなプロダクトやサービスに実装され、社会を変え始めている。
今年1月にアメリカ・ラスベガスで開催された世界最大規模のテックイベント「CES2024」。NewsPicks Brand Designと富士通が現地を取材して持ち帰ったテクノロジーとビジネスのグローバルトレンドをレポートし、有識者とのトークセッションで「未来」を読み解く。1月31日に開催され、好評を博したオンラインイベントのエッセンスをお届けする。
※本記事はイベントの内容を再構成しているため、実際の発言とは一部異なります。
テック×ビジネス、2024年の潮流とは
金井:今年のCESの全体テーマは「All ON」。日本語なら「全部乗せ」といったニュアンスでしょうか。
いくつかの基調講演からも、「もうテクノロジーはあらゆる領域に浸透しているんだ」という強いメッセージを受け取りました。
12年連続でCESを取材している西村さんは、今年のCESをどうご覧になりましたか。
西村:そうですね。CESを主催しているCTA(Consumer Technology Association)は、数年前からテクノロジーの内容だけでなく、「何のために使うのか」「人々のどんな問題を解決するのか」といったテーマにシフトしていました。
2年前には国連と共同で「Human Security For All」を掲げ、食やヘルスケア、人権など、テクノロジーを通して人々の体験を守ろうと主張しています。
今年のCESは、さらに一歩踏み込んだように感じました。大塚さんやドミニクさんが専門にされているテーマに通じますが、今まで以上に「ウェルビーイング」にフォーカスが当たった年でしたね。
ドミニク:私はウェルビーイングとテクノロジーを接合するための研究や活動をかれこれ8年ほどやっています。
ウェルビーイングという考え方は方々で議論されていますが、最終的にどうテクノロジーやデザインに結びつけるかが悩ましい。
これまで企業にはエンドユーザーとなる「人々」の幸せをつくる視点があり、他方の消費者は「わたし」の幸せを考えていた。これを突き詰めると、問題解決のためのテクノロジーが一方的に提供されるという非対称な関係に行き着きます。
そうではなく、サービスやプロダクトをつくるほうも使うほうも、「わたしたち」という新しい関係のなかでウェルビーイングを考える必要がある。最近は、そんなことを考えています。
大塚:私はまさに、富士通という企業で「People」の領域を担当していて、ドミニクさんがおっしゃった新しい関係性について、いろいろな立場の方とディスカッションを重ねてきました。
富士通はテクノロジー企業のなかでもBtoBが強く、これまでは企業の生産性向上や効率化を担ってきましたが、一度立ち止まってグローバルな社会課題に向き合い、本当にやるべきことが何かをあらためて考えています。
人々のウェルビーイングを向上させるために、何ができるか。その一例として、消費者のよりよい体験や健康的な生活、信頼しあえる社会といったキーワードを設定しています。
AIはあらゆるものに宿る
金井:CES2024では、生成AIの急速な普及と進化を実感しました。
OpenAIがChatGPTを一般公開したのが2022年11月。今回はその後に起こった世界的な生成AIブームを経た初のCESということで、ロボットからモビリティ、3Dのアバターまで多くのプロダクトにAIが実装されていました。
西村:このヒューマノイドは、2年前のCESに出展されていた「Ameca」です。昨年ラスベガスにできた球体型アリーナ「SPHERE」のロビーに立ち、お客さんたちと会話していました。
こういったロボットが先端技術として展示され、わずか1〜2年の間にラスベガスの街中で実際に働くようになっている。これぞCESだと感慨深かったです。
ドミニク:いろんなロボットがありますが、チャットボットにせよロボットにせよ、欧米ではテクノロジーを「擬人化」することを批判的に見る流れも生まれていますよね。
コンピューターを生き物と思わせようとしてインタラクションを設計すると、人間の判断に意図しなかった副作用が出るかもしれない。
たとえば、子どもたちが「生き物とはどういうものか」を理解するモデル形成は、影響を受けますよね。
そういった点も踏まえると、私は長期的には、あえて人間らしさを排したロボットが広まっていく可能性が高いと思っています。
西村:私がCESで見たシニア向けのチャットボットはランプ型で、人が話しかけると光って反応してくれるものでした。
あるデザイナーの方によると、「ヒト型にすると『人間ならこうしてくれるのに』とロボットに対して過剰な期待をしてしまう。だからあえて無機質なランプ型にしているんじゃないか」と言っていたのを思い出しました。
一方で、アメリカのリテール企業・ウォルマートの基調講演では、AIが買い物をアシストしてくれるショッピングアシスタントサービスのことを話していました。
「もうすぐドミニクさんの誕生日だよね、パーティをやるならケーキとこんな飾りはどう?」と、AIが話し相手になりながら買うものを提案してくれたらどう思いますか?
「人間を怠惰にする」と言う人もいましたが、私は便利だなと思いました。
大塚:これもどこまで委ねられるか、程度の問題なのかもしれませんね。
プレゼントを選んで贈ることも楽しいわけですし、その選択を機械に任せてしまうと喜びも得られない。とくに、企業がよりたくさんのモノを売るためにデータやAIを使うと不信感が生まれるでしょう。
今は企業も消費者もサステナビリティを重視して、より健康的に、必要なものだけを買う方向にシフトしています。
効率化から最適化へ、大量生産からパーソナライズへ。生産から小売りまで最適化して、社会全体で無駄を減らすようなデザインが求められていると思います。
効率化からパーソナライズへ
大塚:ほかに、CES2024で印象的だったことはありますか。
金井:シーメンスの基調講演では「Industry Metaverse」というキーワードがありました。「これまでのデジタルテクノロジーは仮想空間に入るためのものだったけれど、これからはリアルとリンクして、より現実を豊かにするために使われる」と。
西村:フランスのロレアルのCEOのキーノートも話題になっていました。ビューティーテック分野での基調講演は初めてだったそうです。
金井:美容は日々のルーティンでもあり、一人ひとりの個性の表現であり、社会的な要請でもある。医療からヘルスケア全般にテクノロジーが広がってきた流れの先に「Beauty For Each」があると感じました。
大塚:さっき金井さんと西村さんから聞いて盛り上がっていたんですが、ロレアルは好きな色の口紅を調合できるプロダクトを発表したんですよね。
口紅って、なかなか最後まで使い切れないんです。その日の気分に合った色を、使い切る量だけつくる。これはすごいイノベーションだと思いました。
ドミニク:私は、センシング系の技術が気になりました。心拍数や血圧だけでなく、自宅で尿検査ができるデバイスまで出てきている。
これまでなら病院に行かないと測れなかったような生体データを気軽にスキャンできるようになっています。
近年、腸内フローラ(腸内細菌の集まり)とメンタルヘルスに密接な関係があると言われていますが、それを確かめるデータは足りていません。
発酵食を毎日食べ続けたときの変化を大勢から取得できると、健康やメンタルヘルスの研究も進むんじゃないでしょうか。
西村:医療データとしても有用ですし、食べた結果が見えるようになると、フード系のスタートアップや農家の方が商品の付加価値を上げることもできますね。
金井:飲食店でお皿に載っている食べ物を食前食後で分析し、食べ残しの削減につなげるAIフードスキャナーもありました。
テクノロジーによって、私たちが今まで無駄にしていたものを可視化するサービスもたくさん出てきています。
データ共有に必要な技術と体験
大塚:さまざまなデバイスとAIがかけ合わされることによって、これから膨大な量のデータが生成されます。たくさんの情報がつながったほうが、価値を生み出しやすいですよね。
私たち富士通が取り組んでいる「Healthy Living Platform」は、企業や事業者の垣根を越えてデータを活用するためのプラットフォームです。
単に電子カルテや医療データを蓄積するだけでなく、食事やアクティビティなどの行動データをかけ合わせると、より適切に健康状態を可視化し、ウェルビーイングを高めるアドバイスもできるようになる。
そうやってテクノロジーの恩恵を享受するには、企業と個人、社会と個人の間の信頼関係が必要です。
金井:たしかに、個人情報流出のニュースを見たりすると、個人データを渡して大丈夫かなと不安になったりもしますよね。
西村:私は基本的に、テクノロジーの進歩によって未来がよくなると楽観的に捉えています。
私自身のデータを提供することでサービス内容がパーソナライズされてより便利になるなら、喜んでデータを預けたい。
ただ、どう使われるかわからないから一律でデータ提供に同意しない人の気持ちもわかる。そこが難しいですよね。
ドミニク:人によってテクノロジーとの向き合い方は違いますし、時と場合によっても変わります。
そういった「ゆらぎ」を認めたうえでシステムやサービスを設計することが、社会的にも求められていると思います。
先ほど「Beauty For Each」の話が出ましたが、「私にとっての美しさと、あなたの美しさは違う」という前提に立って、それぞれの美が共存する状況をつくれるか。
「パーソナライズ」が無条件に良いとされる結果、多様性が失われたり、こぼれ落ちる人がメンタルヘルスを壊したりすることもありえますから。
大塚:多くの人にとっては、「個人情報の管理方法を選べないのは嫌だけど、いちいち考えて設定するのも面倒」というのが本音だと思います。
許容できる範囲は人それぞれグラデーション状に分かれていて、「全てのデータを提供するからサービスを向上させてほしい」という人もいれば、「限定された範囲のなかでならデータ利用を許諾する」という人もいる。
サービスを提供する側がデータ利用の範囲や目的を定義し、ユーザーがデータを提供することでどんなベネフィットを得られるかを明示する。そのうえで、ある程度パッケージ化して適度な選択肢に絞り込む必要があるのかな、と。
そういった設定こそ、AIがその人の特性を学習してレコメンドしてくれると喜ばれそうです。
ウェルビーイングはどこまで見える?
金井:CESでも、セキュリティやプライバシー保護、AI倫理などの講演も行われていて、先端技術とそれを社会に実装するための課題はあわせて考えないといけないのだと思いました。
テクノロジーをどう使っていけば人々のウェルビーイングが高まるか。最後に、皆さんの考えを聞かせてください。
西村:アクセシビリティやインクルーシブを考慮したデバイスが増えていることは、テクノロジーのポジティブな側面ですよね。
加齢や老化に対処する「エイジテック」のようなジャンルも盛況でした。今年はMIT AgeLabが出展して視聴覚や筋力が衰えたときの状態を疑似体験できる高齢者向けサービスを考えるシステム思考のアイテムが展示されていました。
プロダクトだけではなく、サービスデザインのプロセスも共有されており、よりユニバーサルな社会をつくれる可能性を感じました。
ドミニク:それはおもしろいですね。障がいを持つ人や高齢者のケアを考えるときに、ヴァーチャルを介して身体感覚を近づけることで当事者の状況を想像しやすくなります。
他者の視点に立つためにテクノロジーを使うというのは、社会をデザインするうえで広く共有したい考えです。
大塚:今日のお話を踏まえて、プロダクトや仕組みを「つくる側」と、その道具やプラットフォームを「使う側」、両方の視点を持つことが重要だと感じました。
私たち一人ひとりがテクノロジーを使って身近な課題を解決する。そして、自分が満足するだけでなく、立場の違う人や、社会との関係のなかでよりよい形をつくっていく。
そうやってより多くのことが可視化され、AIがサポートしてくれるようになると、事業者や個人がウェルビーイングを高めるためのアクションも増えていくと思います。
2023/3/15 NewsPicks Brand Design
構成:横山瑠美
撮影:大橋友樹
編集:宇野浩志、金井明日香
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西村 真里子
Mariko Nishimura
HEART CATCH 代表取締役/プロデューサー
日本アイ・ビー・エムでITエンジニアとしてキャリアをスタート。アドビシステムズ、バスキュールを経て2014年に株式会社HEART CATCH設立。ビジネス・クリエイティブ・テクノロジーをつなぐ“越境するプロデューサー”として活躍。2020年に米国ロサンゼルスにHEART CATCH LAを設立。内閣府日本オープンイノベーション大賞専門委員会委員、武蔵野美術大学大学院 客員教授。
ドミニク・チェン
Dominique Chen
情報学研究者
博士(学際情報学)。NTT Inter Communication Center[ICC]研究員、ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文学学術院教授。発酵のメタファーを探求するFerment Media Researchを主宰し、テクノロジー、人間と自然存在の関係性を研究している。著書に『ウェルビーイングのつくりかた』(BNN)、『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)、『謎床―思考が発酵する編集術』(晶文社)など多数。
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