テクノロジーが加速させるサステナブルな気候変動対策とは
Article|2023-12-14
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気候変動は人類に深刻な影響を及ぼしています。すみやかに対策を取らなければますます状況は悪化するでしょう。官民両セクターが、共通の課題認識で対策に取り組むことが求められています。
こうした中11月、ベルギー・ブリュッセルで気候変動対策のあり方を考える会議、European Tech for Climate Action Conference 2023が開かれ、私はパネルディスカッションに登壇しました。
議論では、3つの興味深い気づきがありました。テクノロジーの革新、企業間コラボレーションのあり方、そして変化する中においての信頼醸成についてです。私が得たインサイトを共有することで、企業リーダーの方々がサステナビリティ・トランスフォーメーションへの歩みの一助になればと思い、今回の議論を振り返ってみたいと思います。
観測史上最も暑かった2023年
温室効果ガスを排出する人間の活動が、気候変動の背景にあることはもはや疑いようがありません。人類が直面する最大の課題であるといっても過言ではありません。国連環境計画(UNEP)が発表した最新の報告書によると、2023年は観測史上もっとも暑い年になる見込みです。産業革命からの気温上昇は、9月時点では1.8度でした。(*1)
私たちの身近な場所でも、異常気象、山火事、洪水といった温暖化の影響が現れています。人的・経済的な被害は甚大です。持続可能な未来のために、気候対策は最も優先して取り組むべき課題です。
UNEP報告書にも書かれていましたが、各国が目標達成に向かって全く前進していないわけではありません。2015年のパリ協定の締結時には、温室効果ガスの排出量は2030年までに16%増加すると考えられていました。しかし、現在の予想値は3%と上昇の幅はだいぶ縮まりました。
しかし、脱炭素の取り組みはもっと加速させる必要があります。温暖化を2°C前後に抑える場合には、世界の温室効果ガスの排出量を、2030年までに28%削減する必要があります。目標値を1.5°C前後にすると実に42%の削減が必要です。
この目標は達成できるのでしょうか。先行きは極めて不透明と言わざるを得ません。
会議の中の発言によると、欧州連合(EU)が2030年の環境目標を達成するには資金ギャップに直面しており、額は500億ユーロに上ります。私たちは協力して課題を乗り越え、あらゆる分野で行動を加速させる必要があります。
パネルディスカッションでは「気候目標の達成と支援AIの役割」をテーマに、政府関係者や経済界のリーダーとともに、意見交換を行いました。そして、気候変動対策におけるテクノロジーの活用について理解を深めることができました。
(*1) UNEP. “Emissions Gap Report 2023.” UN Environment Programme. November 20, 2023.
https://www.unep.org/resources/emissions-gap-report-2023.
サステナビリティ・トランスフォーメーションのための技術革新
ディスカッションでは、テクノロジーが社会を総合的に変革する可能性について議論が行われ、関心を集めました。これはテクノロジーを、「段階的な改善」、「予測」、「プロセスの最適化」、「メンテナンス」などに導入することで、排出量を削減するという考え方です。
ただ私は、テクノロジー導入の最も大きな利点は、組織変化を促す点にあるのではないかと感じました。
AIの活用は、これまで取られていた気候変動対策のあり方を変えていくという意見もありました。例えば、AIを製品デザインに活用して軽量化を実現し、製品ライフサイクル全体の排出量を削減することにつなげるといった可能性です。新しい変化を取り入れることは、環境負荷の低減につながると思います。
議論では、政府などの政策立案にAIを導入し、データ分析を支援する取り組みも紹介されました。ツールの導入を政治家に働きかける際には、施策の効果予測がより容易になると説明しているということです。また、実際に劇的な効果も出ているという意見もありました。
どの企業においても言えることですが、テクノロジーは適正に使うことで的確な決断につながると私は考えています。当然のことながら、技術の発展が環境にマイナスの影響を及ぼすことはあります。データセンターやネットワーク、ストレージ、それにサーバといった機器は大量の電力を消費し、製品ライフサイクルを通じて温室効果ガスを排出します。このような事実については適切な説明ができる必要があります。
私は、すべての事業分野について、デジタル化によってどれだけの排出量削減が可能か証明するべきだと考えています。農業、運輸、エネルギーなど大量の排出量がある業種については特にこうした努力が必要です。ディスカッションの中で紹介された一説によれば、デジタル技術を適切に使用すれば、これらのセクターの排出量は最大で15%削減できるということです。
また、富士通のようなテクノロジー企業には、技術そのものを脱炭素化する責務があります。例えば、エネルギー効率の高いプロセッサの開発、100%再生可能エネルギーによるデータセンターへの電力供給、生産効率を最適化するAIなどを開発して、地球への負荷を減らす必要があると考えています。
必須化する企業間のコラボレーション
会議でもうひとつ話題となったのは、企業間コラボレーションの重要性でした。気候変動はひとつの国や企業で対処できる問題ではありません。協働が必要です。特に重要な関係は、行政と民間との連携です。確かに、規制やコンプライアンスは何かを変えるために不可欠です。 しかし、規制の強化はイノベーションのスピードを鈍らせ、進化を妨げるリスクの側面もあります。
パネリストからは、中小企業が創出したイノベーションを、大企業がもっと導入しやすくする制度が必要との指摘もありました。中小企業は脱炭素といった組織変化を、スピーディに、アジャイルに推進できます。そのためには創意工夫ある中小企業が、ビジネスエコシステムで資金を調達し、規模を拡大しやすくすることが不可欠です。
企業間コラボレーションの質は、データによって左右されます。多くのパネリストが賛同していましたが、気候変動対策のためのデータの標準化は容易ではありません。同じ国内の事業者でも、バラバラの方法で排出量を計算し、まったく異なるシステムを使用しているのが現状です。用語の定義ひとつとっても違います。
こうした状況は、自組織以外の企業などによる排出である「Scope3」領域の排出量を算出・評価する上で、大きな問題です。Scope3 の排出量は一般に企業のカーボンフットプリントの70%を占めるといわれている(*2)ため、重要な課題です。
ただ、壁を乗り越えようとする動きもあります。EU圏内では、ドイツを中心に自動車産業のサプライチェーン間でデータを交換・共有するプラットフォーム「Catena-X」(*3) に代表される企業間連携のプロジェクトが進んでいます。気候目標を達成するためには、このようなデータ連携を推進するプロジェクトをもっと推進せねばならないと思います。
(*2) UN Global Compact Network UK. “Scope 3 Emissions.” 2023.
https://www.unglobalcompact.org.uk/scope-3-emissions/.
(*3) Catena-X Automotive Network e.V. “Catena-X Your Automotive Network.” 2023.
https://catena-x.net/en/.
信頼できるテクノロジーと説明責任
組織を変革することは簡単なことではありません。しかし気候変動に対処するためには、企業は大きく変わらなければなりません。企業リーダーは恐れることなく、 信頼されるサステナビリティ・トランスフォーメーションへの変革に挑まねばなりません。
特に、AIをはじめとする大きなイノベーションをもたらす新技術については、信頼を築くことが重要です。私はパネルディスカッションの中で、企業リーダーは新テクノロジーをすみやかに検証しテストするための、パイロット・プログラムを推進するべきだと述べました。小さな規模でスピーディに始めることで、リスクは少なくてすみます。
企業リーダーはまた、自社のデータのバリューチェーンが信頼できるものだと証明しなければなりません。自組織やパートナー企業、それにサプライヤーが納得できるよう説得しなければなりません。AIが導き出した結論であっても、基礎となるデータが偏っていたり不正確であったりすれば、信頼することはできません。信頼できるデータは、変革に不可欠なものです。
技術そのものの信頼性も問われています。現在のAI技術の多くは「ブラックボックス」モデルで動作しており、AIがどのような過程で結論に至ったのか説明は不十分です。気候変動といった人々の生活を左右する重要な決定に関しては、やはり説明が重要です。ビジネスの世界や社会で信頼を築くためには、また特に、意思決定にAIのようなツールが介在している場合には、いつでも十分な説明ができなければなりません。
リーダーは、組織、社会、そして人類全体の持続可能な未来のために、技術革新を受け入れる必要があります。既存ビジネスモデルを最適化するだけではなく、地球と調和した新しい価値創造モデルを開発し、広く社会で共有することが求められています。テクノロジーとイノベーションにより組織運営を変革する。それが事業を成長させながら気候変動に対処する唯一の道ではないでしょうか。
青柳 一郎
Ichiro Aoyagi
富士通株式会社 Solution Service Strategic本部 Co-Head
松下電器産業株式会社(現Panasonic)を経て、1998年富士通株式会社に入社。複数の事業部門において海外戦略を立案、実行。Kellogg経営大学院でMBA取得後、外務省に出向し日本とインドネシアの経済連携協定交渉に従事。2020年4月DXプラットフォーム事業本部長に就任。データアナリティクスやブロックチェーン等、データ事業を立ち上げ、2022年4月からFujitsu Uvance本部副本部長として、社会課題解決を目指す事業を国内外で牽引。2023年4月より現職。
ホワイトペーパー「サステナビリティ・トランスフォーメーション:人と自然が共存する豊かな未来へ」
サステナビリティとビジネス目標は両立できる:実現に向けた「4つのステップ」とは
富士通 SVP青柳一郎による、Fujitsu Uvanceで培った知見から、企業がDXを推進しつつ環境課題で成果を上げるために必要な4つのステップをはじめ、富士通の取り組みや、企業が今すぐはじめることができるアクションプランなど、サステナビリティ・トランスフォーメーションの推進に役立つ洞察を公開しています。
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