“囲いこみ”は終わり。時代は、オープン&クローズ戦略だ

東京大学 小川紘一(左)と富士通 神俊一(右)

NewsPicks|2024年3月28日

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過剰生産による資源ロスや、仕入れにかかる不均衡など、さまざまな課題を抱えるサプライチェーン。その根本の解決に必要なのは、個別最適から全体最適への設計思想の転換だ。

そこで求められるのが、参画企業同士のデータ共有や規格の標準化なのだが、自社のデータや知見をオープンに共有する心理的ハードルが高い。企業間の連携はなかなか進まないのが現実だ。他社と協調し、オープンに共有を進めるべき領域とそうでない領域を、どのように見極めるべきなのか。企業間連携を夢物語で終わらせないために、何が求められるのか。そんな難題を語り合ったのは、東京大学国際オープンイノベーション機構のエグゼクティブアドバイザーで、『オープン&クローズ戦略』の著者の小川紘一氏と、富士通でサプライチェーン改革に取り組む神俊一だ。

サプライチェーン改革を前進させるための、具体的な実践論をお届けする。

企業間連携の成功例は一握り

──神さんは、大きな危機意識を持ってサプライチェーン改革に取り組んでいますが、その理由を改めて教えてください。

神:時代とともに社会や企業の課題が変化しているのに、サプライチェーンはそれに応じた進化を遂げていない。私の問題意識はこの1点に集約されます。
1990年から2000年代は、サプライチェーンのグローバル化が急速に進んだ時代でした。その最大の目的は、製造コストの削減。人件費の安さを求めて、欧米企業や日本企業が、生産拠点をアジアにこぞって移していったのです。

そんな時代から今、サプライチェーンを取り巻く環境は大きく変わりました。まずは、世界潮流としてサステナビリティが共通テーマになったこと。製造コストを安く抑えるだけでは足りず、環境や人権への配慮も強く求められる時代になりました。
さらに世界はコロナ禍を経験した。コロナの影響で製造プロセスが止まってしまうなど、グローバルサプライチェーンの脆さも浮き彫りになりました。また昨今の世界情勢を鑑みて、地政学リスクなどへの対応の重要性も増しています。

企業のコスト削減と生産性向上が関心の多くを占めていた過去と、多様なステークホルダーへの価値提供が求められる現在では、あるべきサプライチェーンの形は全く異なります。
だからこそ、その根本の設計思想から変えていく必要があると考えているのです。

──その設計思想を、神さんはどう考えているのでしょう。

神:キーワードは、「個別最適から全体最適へ」だと考えています。
たとえば先に挙げたような環境の文脈では、サプライチェーンの脱炭素は1社が個別に取り組んでも絶対に達成できません。参画企業が一体となり、同じビジョンに向けて協力するのが不可欠です。
しかし現実は、この企業同士の連携は一筋縄では進みません。この連携をいかに進めていけるかが、私の目下の課題なんです。

小川:おっしゃること、非常にわかります。私はこれまで、さまざまな領域の企業の戦略を研究してきましたが、クロスインダストリー(異業種連携)を実現するのは、非常に難しい。これはサプライチェーンに限ったことではありません。
現に成功事例は、世界的に見てもかなり限られます。AppleやIntelのような覇権企業が強大なパワーで他社を巻き込むか、グループ会社など資本関係のある企業の中で、うまくやっているケースが見られる程度です。

そのなかでも、企業間連携に特に強い拒否感を抱きがちなのが、中小企業です。なぜなら「他社との協業によって自社が持つデータや技術がオープンになると、自分たちが築いた知的財産を大企業に利用されてしまうのではないか」と警戒心を持ってしまうから。
企業間の連携が進まない理由は、こうした心理的ハードルも大きいのが現状です。これはどの国でも同じです。

神:私が感じている難しさも、まさにその点にあります。サプライチェーンのあり方を根本から変えるには、ステークホルダーが持つデータを連携し、調達から製造、流通、販売まで一連の流れを「見える化」することが不可欠です。
しかし現実には「自社の大事なデータをオープンにしたくない」と考える企業がとても多い。このハードルをいかに越えるかが、私にとって大きなテーマとなっています。

東京大学 小川紘一(左)と富士通 神俊一(右)
東京大学 小川紘一氏(左)と富士通 神俊一(右)

オープンにすべきデータの見極め方

──その難易度の高い異業種連携を成功させるために、何が必要なのでしょう。

小川:意外と見落とされがちですが、重要なのは「企業間で協業するからといって、自社が持つすべてのノウハウをオープンにする必要はない」という認識を共有することです。
企業が持つ知的財産のうち、独自技術などのコア領域は徹底して守る「クローズ領域」とし、公開・標準化することで互いの利益を最大化できる技術や情報は「オープン領域」とする。
オープン領域を共有してつながることによってネットワーク型の成長要素が現れ、企業も産業も急成長するのです。

このような成長要素は、デジタル経済の広がりによって初めて顕在化してきました。多くの企業がつながるサプライチェーンを全体最適できるのは、その代表的な事例です。
この2つを組み合わせる「オープン&クローズ戦略」こそが、21世紀のビジネスを成長させる鍵であると、私は自著で提起しました。
先ほど例に挙げたAppleやIntelもこの戦略で巨大なビジネス・エコシステムを作り上げ、大きな富を生み出すと同時に、パートナー企業もビジネスチャンスを掴んで急成長しています。

オープン&クローズの 基本フレーム 2種類の技術 1.クローズ化 ・独自技術などを秘匿化(ノウハウ) ・知財の占有化(独自実施・権利侵害差し止め)…特許 2.オープン化 ・他社に自社技術の使用を許すこと  - 標準化・無償実施によるデファクトスタンダード化  - 低額/高額ライセンス・クロスライセンス…特許  出典:2013年版ものづくり白書(経済産業省)をもとに特許庁が作成 https://faq.inpit.go.jp/content/tradesecret/files/100578260.pdf

神:「オープン&クローズ戦略」は、企業間で「協調すべき領域」と「競争すべき領域」を定めるところから始まると小川さんはおっしゃっていますね。
このフレームに則るなら、私が取り組んでいるサプライチェーンの変革は「データにおける協調領域をいかに設計するか」が鍵になります。

たとえば、商品の需要予測データや在庫データ、輸送データなどを企業間で共有できれば、「この時期は店舗での需要が少ないから、生産量も減らそう」というふうに、サプライチェーンの川上と川下で連携を強化することも可能になる。
こうした連携が、余計な廃棄や過剰な人件費を減らし、全体最適につながります。

サプライチェーンにおける オープン&クローズ戦略の イメージ ・オープン領域 (協調領域) 粒度の大きなデータで 標準化を進め、他社と連携する ex. CO2排出量など ・データ経由の繋がりが、ネットワーク型の強大な経済効果を作り出し、異業種連携のサプライチェーン構築を可能にする

──一方で、どのデータをオープン/クローズにするかの判断は、非常に難しいですよね。その判断を間違えば、大きなリスクになります。どのように線引きしたらいいのでしょう。

小川:そこは、ぜひ富士通にリーダーシップを期待したい点です。企業は自社が持つデータについては知っていても、統合されたデータの全体像は知りません。
だからこそ、自社が抱え込んでいるデータが、サプライチェーン全体でどう価値を発揮するかは想像しづらい。

ですから、プラットフォーマーとして全体像を知る富士通のような企業が、各社がオープンにすべきデータを見極めるにあたり、オープンデータを共有して初めて互いに成長しあう事実を紹介しながら、踏み込んで相談に乗る価値は高いと感じます。
たとえばサプライチェーン全体で脱炭素を目指す場合で考えれば、自社の年間排出量の情報は、脱炭素に向けて欠かせない情報ですからオープンにすべきです。

一方で、自社のどの工場で誰がどんな工夫をしたら排出量が削減できたのかといった、ノウハウにかかる情報は必ずしも公表しなくていいわけです。

東京大学 小川紘一

神:ええ、私も同じ考えです。共有できる/すべきデータの見極めは、その企業の業務を深く理解していないと難しい。産業の業務知識こそが、企業間連携を進める上で価値を発揮できるはずです。

小川:そうですね。さらに、各社が蓄積したデータベースやリアルタイムデータを、相互につながる形に構造化することも、重要な役割ですね。
データベースは企業ごとに異なるローカルルールで運用されているため、バラバラなデータをそのまま集めてもシステムは正しく認識できず、価値を出せない。
集めたデータをAIなどの機械が認識できる形に転換する仕組みを構築できれば、企業間のデータ統合は一気に加速するはずです。

キーワードは「共感」と「具体的成果」

神:ただその際に難しいのが「誰の視点に立って協調/競争領域を定めるか」です。大企業と中小企業では立場も視点も異なります。
大企業は「このデータは共有したほうがお互いにメリットがある」と判断しても、中小企業は「それは自社の大事なデータだから公表したくない」と考える。そんなすれ違いが生じる場面を私も何度も目の当たりにしてきました。

富士通 神俊一

小川:ご指摘の事実が、協業を阻む大きな要因であることは間違いないでしょう。ではこの問題をどう解決するか。キーワードは、当たり前に聞こえるかもしれませんが、「共感」です。
近年発達した進化心理学でも、人間の本質的な行動を決めるのは共感であるとしています。
昔からある生産性向上の取り組みとしては「トヨタ式カイゼン」が有名ですが、これは「無駄を排除することで会社に貢献したい」という社員の共感が推進力になっていました。

神:私も常々、仲間を増やすには共感が大事だと感じていたので、今のお話は腑に落ちました。
共感を生むためにも、その成果を具体的に見せていくことも大事ですよね。
AIによる需給予測の技術を用いて、食品廃棄を軽減できるソリューションや、ブロックチェーン技術によって、衣料品が消費者の手に届くまでのプロセスを可視化するソリューションなど。活用事例もどんどん増えています。

ですから「データをオープンにして統合すれば、こんな価値を創出できますよ」という具体的な成果を示せるところまで来ているんです。
やはり大事なのは「効果の共通認識」だと思います。データの使い方をテンプレート化し、コンサル的な視点できちんと効果を伝えていくことが重要かと考えています。

小川:いいですね。先行事例の結果を示して「データを統合することで生産性が3割向上した」「納期が半分になった」といった経済的効果を伝えるのも効果的ですよね。
このような事例をたくさん紹介したり、あるいはPoC(概念実証)や実証実験を行い、その結果をもとにサプライチェーン全域のシミュレーションを提示してもいいでしょう。

東京大学 小川紘一(左)と富士通 神俊一(右)

神:ありがとうございます。今日の対談を通して、取り組むべきサプライチェーン変革の方向性は間違っていないと再確信できました。
私は次のステージとして「スタティック(静的)なサプライチェーンから、ダイナミック(動的)なサプライチェーンへ」の進化を推進していきたいと考えています。
ダイナミックなサプライチェーンへ進化することにより、たくさんのことが見えてきます。それをお客様がわかる言葉で伝え共感を得ることで、新たなチャンスを失わないようにしていきたい。

冒頭で挙げた地政学リスクやパンデミック、さらには気候変動や災害などによる変化に即時に対応するには、リアルタイムの変化を捉える動的なデータが欠かせません。
さらに、顧客の行動を即時にデータで把握できれば、よりこまやかなサービス提供や、無駄のないサプライチェーン構築にも寄与できるはず。
そうした取り組みも、やはり原点は同じ。価値あるデータや、共有すべきデータを見極めて、企業同士の連携を進めるしか道はありません。

2024/3/14 NewsPicks Brand Design
執筆:塚田有香
撮影:小島マサヒロ
デザイン:田中貴美恵
編集:金井明日香
NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。

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