富士通研究所所長に聞く

生成AIに関する取り組みの今後の勘所

Article|2023-09-21

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近年のテクノロジーは圧倒的スピードで進化しています。特にこの1年はChatGPTをはじめとする生成AIの進化が大変話題になりました。大規模言語モデル(LLM)を活用したChatGPTや、画像生成を行うDall-E2やStable Diffusionなど、生成AIについて話を聞かない日はありません。

現在、企業の中でも生成AIの活用が積極的に検討されており、個々の業務レベルから組織レベル、経営レベルまで広い範囲で、業務効率化や生産性向上で大きな成果を挙げると期待されています。爆発的に進化するテクノロジーの活用がこれからの企業の競争力と持続性のカギとなります。一方で、このような先端テクノロジーの取り組み方法について悩んでいる企業も多いのが現状です。

生成AIを業務で活用するにあたり、富士通研究所を率いる富士通執行役員EVP岡本青史に、生成AIに関する企業での取り組みの勘所について話を聞きました。

生成AIのビジネス活用シナリオとその課題

「富士通では、生成AIのビジネス活用に関して、様々な業界のお客様の声に基づいた独自調査を行いました。その結果、生成AIのビジネス活用は、必要なデータ範囲を元にして3つに分類することができ、お客様が様々な活用シナリオを期待されていることが分かってきました」と岡本は説明します。

1つ目は、限定した業務範囲で社内情報を活用した「個人業務の効率化」です。例えば、カスタマーサポートにおけるお客様へのフィードバックを自然な文章で生成、簡単なアイデアで広告デザインを自動生成、融資や契約の審査で書類を自動生成、ソフトウェア開発におけるコードを自動生成、など様々な業務への適用が考えられます。

2つ目は、より広い範囲の社内情報と競合他社情報を活用した「組織業務の自動化」です。マーケティングにおける生産性向上と自動化、予算/人員配置計画の策定、新商品/サービス企画・出店計画・生産/調達計画における効果的なマーケティングスケジュール、文書、そしてコンテンツの生成など、様々な業務シナリオが挙げられます。

3つ目は、さらに広範囲の社内情報と市場情報を活用した「経営の支援」です。経営戦略、ビジネスモデル創出、中・長期計画、ポートフォリオ最適化、投資やM&Aなどの経営に関わる業務において、実行に向けたストーリー構築や文書作成の迅速化、効率化の支援をできるようになると見ています。

一方で、生成AIのビジネス活用には大きな課題も存在します。岡本は特に重要だと考えている課題を3つ挙げます。

「まず、1つ目は、実際の業務への具体的な適用方法や運用が明確でないことです。例えば、建設会社のお客様からは、回答の精度を上げるのに、読み込ませる外部情報やプロンプトを変えるなど、色々な方法の中でなにが最適かわからないとの声が届いています。」

「2つ目は、計算リソースの問題です。リテールのお客様からは、生成AIに必要な計算リソースがわかりにくくコスト感がはっきりしないとの声があります。」

「3点目は、情報セキュリティやプライバシーの課題です。不動産のお客様からは、コンシューマとの接点では営業の方が著作権違反や正確性を判断できるか不明で、活用には時期尚早との意見が聞かれます。」

生成AIのビジネス活用
生成AIのビジネス活用

Fujitsu KozuchiでAI活用力を高める

1つ目の課題「生成AIの具体的な業務活用」を解決するために、富士通では最先端テクノロジーを素早くお客様に試して頂けるAIのプラットフォームFujitsu Kozuchiを展開しています。Kozuchiは、他社IPとも連携し、利用価値視点でのコンポーネントを提供しており、お客様や、コンサルタント、パートナー、ベンチャー、大学などの研究機関でグローバルに活用されています。

生成AIもKozuchiに搭載しており、先ほどの課題を解決する技術をKozuchiに先行的に載せることで、すでにお客様にお使い頂けるようになっています。富士通では、お客様の業務に合わせて生成AIを利用できる業務特化型生成AIを開発し、Microsoft Azureの上に専用環境を提供しています。また、Azure OpenAI Serviceに加えて、大規模言語モデルを使ったサービス開発に有効なLangChainを利用することで、お客様データのログを残さず、ChatGPTを利用できるようにしており、いくつもの実績をあげています。

業務での生成AIの具体的な活用については、システム開発における設計書の問題点を指摘する設計書レビュー支援、リアル店舗の顧客特性を学習しそれに基づいてサイネージ上のコンテンツを自動カスタマイズする効果的接客、タンパク質の構造推定による創薬スクリーニングの効率化など、さまざまな取り組みをお客様と行っています。

また、富士通発DXコンサルファームであるRidgelinezからは、生成AIコンサルサービスの提供を開始しており、生成AIの企業導入を支援しています。

今後は、業種や業務ごとにファインチューニングした特化モデルや、利用フェーズに応じてLLMを軽量化する富士通独自の技術をKozuchiに順次搭載していき、幅広い選択肢をお客様に提供することで、生成AIによる価値創出を強力に支援していきます。

Fujitsu Kozuchi(code name)-Fujitsu AO Platform構成 様々なソリューションに展開できる顧客価値起点の「AIイノベーションコンポーネント」を提供 富士通のAIコアエンジンに加えて他社技術も活用することで、スピーディに展開
先端AI技術を迅速に試すことができるプラットフォーム Fujitsu Kozuchi

AI学習における10の23乗FLOPSの壁

岡本は博士号をAIで取得したAIの専門家で、人工知能研究所の所長、富士通研究所のフェローを経て、2023年4月から研究所所長を務めています。生成AIをビジネスで活用するにあたり、現在岡本が特に気にかけているのが2つ目の課題である「計算リソース」です。

「生成AI開発のためには、膨大な計算リソースが必要となります。言語モデルの学習に関する研究では、10の23乗FLOPSの計算量を境に、これまでできなかったことがいきなり出来るようになる、いわゆる創発性が観測されたとの報告(※1)もあります。」

「しかし、10の23乗という計算量は、現在日本国内の最大のGPUスパコンであるAI橋渡しクラウド (ABCI) の4,000 GPUを利用したグランドチャレンジでも達成できない計算量になります。つまり、LLMで先行できているのは、超大規模な計算資源を持つごく一部の企業のみというのが実情です」と岡本は分析します。

これは、一部の企業によってAIテクノロジーが独占され、他の企業がAIでビジネスの差別化を図ろうとしても大きな差がついてしまう可能性があることを意味します。

また、ChatGPTなどはインターネット上のコンテンツから学習されていますが、日本語のコンテンツは実に3%しかないという報告もあり、日本語に特化した内容の実装が遅れています。

「AIの民主化」の重要性を理解している富士通では、富岳を活用して、日本語を中心とした生成AIの計算環境の整備を東工大、東北大、理化学研究所と共同で行っています。そこでの研究成果は、アカデミアや企業が幅広く使えるようにHugging FaceやGitHubなどで広く公開し、日本国内におけるAIの研究力、活用力の向上にも貢献していきます。

富岳LLM「富岳」政策対応枠におけるLLM分散並列学習手法の開発
日本語を中心としたLLMの開発

事例から見るAIとコンピューティングの融合の重要性

「生成AIに限らず、AIとコンピューティングの融合によるイノベーションが次々と生まれています。」と岡本は続けます。「例えば、材料の分野では、数千CPUで数か月かかる自動車の燃料電池電極触媒の量子化学計算を0.1秒で計算したり、創薬の分野では1年以上かかるタンパク質の立体構造解析を1時間で実験レベルに匹敵する高精度で予測できるようになってきています。」

また、材料分野の取り組みにおいては、カーボンフリーの物質として注目されている次世代エネルギーのひとつであるアンモニアの合成でも大きな成果が出ています。アンモニアの触媒には鉄が主体として使われており、アンモニアの生成過程で CO₂を排出することが大きな課題となっています。

「我々は、アイスランドのベンチャー企業アトモニア社と組んで、100年以上も大きな進展がないアンモニアの新しい触媒の探索に挑んでいます。コンピューティングと因果発見という富士通独自のAI技術の融合で、族番号の小さい元素が新触媒に有効であるという新しい発見に成功しています」と岡本は強調します。

AI活用に求められる倫理、情報セキュリティ、プライバシー問題

最後に、3つ目の課題である「AIの情報セキュリティやプライバシーおよび倫理面」に対する取り組みを紹介します。富士通では、AI倫理、AI品質、AIセキュリティを統合したセキュアで信頼される生成AI技術の研究開発を進めています。

例えば、ハルシネーション対策やファインチューニングを活用した倫理面の強化といった生成AIガバナンス技術や、プロンプトインジェクションやポイズニングなどの生成AI攻撃対策技術、データ自体の信頼性を保持する技術などの研究開発を進めています。ここで、ハルシネーションとは生成AIがもっともらしく嘘を出力することを言い、プロンプトインジェクションとは特殊な質問で機密情報の引き出しなど想定外の動作をさせる手法、ポイズニングはAIに不正な値を学習させる手法のことですが、これらは生成AIの企業での活用において重大な問題となります。

「我々は、AIサイバーセキュリティの分野において、世界最先端の研究機関であるベングリオン大学と連携し、イスラエルに設立した研究拠点を中心に研究を進めています。また、生成AIがセキュアで信頼されるようになるためには、単に技術を開発するだけでなく、実証を通して広く社会に浸透させていくことが重要です。富士通は、欧州最大のAI倫理国際フォーラムであるAI4Poepleの設立メンバーであり、2018年の設立当初から積極的に活動しています。今では科学委員会の共同座長に就任し、当社の研究成果を積極的に開示し、政策提言にむけ、技術面から貢献するよう取り組んでいます」と岡本は力を込めます。

また、今年の6月14日には、EUにおけるAI規制法案が採択されました。富士通では、AI4Peopleでのプレゼンスも活用しながら、EUのAI規制法に対応したセキュアで信頼される生成AI技術を、欧州の規制サンドボックスで実証し、欧州各国に展開していくだけでなく、欧州以外にも迅速に展開していく予定です。

EUのAI規制法への対応は欧州に関係するビジネスを展開されているお客様にとっては必須となります。また、同様の規制が世界的に採用されていく動きがでていきている中、富士通では欧州での実績を踏まえて、セキュアで信頼される生成AI技術をKozuchiに搭載して、世界中のお客様を支援していきたいと考えています。

欧州の実績をとおしたセキュアな生成AI技術の構築 欧州各国での規制サンドボックス実証にセキュアな生成AI技術を提供し評価、EU AI法における規制にいち早く対応する
セキュアな生成AI技術への取り組み

富士通の先端技術に対する取り組みと展望

富士通は2020年に「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスを掲げ、そのパーパスを実現するために、社会課題を起点とした市場創造と高付加価値化を進めるためのビジネスモデル「Fujitsu Uvance」を立ち上げました。これを支えるために、富士通では、コンピューティング、ネットワーク、AI、データ&セキュリティ、コンバージングテクノロジーの5つの技術領域にリソースを集中し、研究開発活動を推進しています。

富士通研究所は、現在、8か国920名の体制で、この5つの技術領域の最先端の研究開発を進めており、昨年インドに、今年4月にはイスラエルに研究拠点を新たに開設しました。インドはAI、イスラエルはセキュリティ、というように地域の利を活かした特長ある研究を進めており、今後は海外拠点の研究者数を飛躍的に増加させていく予定です。

オープンイノベーションによるスピードの向上と競争力の強化も積極的に取り組んでいます。特に産学連携は、国内外の大学内に研究拠点を設け、当社研究員が常駐または長期で滞在しながら産学連携の活動を行う「富士通スモールリサーチラボ」も2年目に入り、活動が本格化してきています。その分野の世界最先端の大学や先生を選抜し、各拠点と密接に関連させることで、強力な研究成果をスピーディに出すことができるようになってきています。

最後に、岡本は「リスクを抑えた上でイノベーションを加速する、テクノロジーとの共存にお客様と一緒に取り組み、富士通のパーパスの実現させていきたい」と締めくくりました。

Kozuchiを紹介する岡本
生成AIの未来を語る岡本

プロフィール

富士通が提供するAI関連情報

Fujitsu Kozuchi (code name) Fujitsu AI Platform

お客様のビジネス課題を解決するために必要なAI技術を、複数のユースケースをカバーできる粒度でパッケージしコンポーネントとして提供します。
オフィスのガラスボードの前で考えている女性エンジニア

生成AI:導入や活用を成功させるために必要なもの

生成AIは、生産性の向上とイノベーションの加速に大きな機会をもたらします。本稿では、各実装レベルに必要なものを示し、必要な戦略的手順について説明します。
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AIの社会実装を加速。生成AI等の先端AI技術試行環境の拡充による富士通の挑戦

業務へのAI導入は進んでいますか?富士通が開発したAIプラットフォームの導入で、迅速なPoCの実施が可能です。その最新情報をご紹介します。
ハンマーを投げる準備をしている男性

生成AIコンサルティングサービス

生成系AIコンサルティングサービスを提供開始 ―GPTの全社活用による実践知と富士通グループの知見を掛け合わせ、包括的な支援を実現
オフィスで商談ミーディングをしているビジネスマングループ