2024年6月開催「研究戦略説明会」をレポート AIを軸に技術領域を融合、新たな価値創出へ
Technology News|2024年6月25日
富士通は2024年6月4日、報道関係者、投資家・産業アナリスト向けに「研究戦略説明会」を開催しました。当社は、5つのキーテクノロジー「AI」「コンピューティング」「データ&セキュリティ」「ネットワーク」「コンバージングテクノロジー」に領域を絞って研究開発を進めています。今回の説明会では、「AIを軸に、AIと他のキーテクノロジー領域を融合することで新しい価値を創出していく」とする新たな研究戦略を打ち出しました。
この記事では、本説明会の内容を紹介します。登壇者は以下の3名です。
- AI領域の研究戦略:富士通株式会社 富士通研究所 人工知能研究所 所長 園田 俊浩
- FUJITSU-MONAKA:富士通株式会社 富士通研究所 先端技術開発本部 本部長 新庄 直樹
- 富士通の研究戦略:富士通株式会社 執行役員 EVP 富士通研究所 所長 岡本 青史
富士通のAI研究は特化型モデルに注力
まず、富士通研究所 人工知能研究所 所長の園田が、当社のAI領域の研究戦略を説明しました。
昨今、大きな注目を集めている生成AIの技術領域には2つの動向があります。1つは、GPTに代表される大規模汎用モデル(LLM)です。LLMは言語に加えて映像や音声にも対応し、クラウド上で広範囲に公開されています。もう1つは、企業業務を支援する特化型の小中規模言語モデル(SLM)です。「富士通のAI研究は、企業ニーズを満たす特化型モデルに注力していく」と園田は強調しました。
企業業務向け特化型モデルには、いくつかの課題が存在します。既存の特化型モデルは、企業が保有する多様で大量のデータを扱うことできません。業務ノウハウやプロセスに特化したモデルを迅速に生成する難しさ、企業のガバナンスに準拠させる困難にも直面しています。
当社は、これらの企業業務向け特化型モデルの課題を解決し、セキュリティの不安を払拭する「エンタープライズ生成AIフレームワーク」を提供します。
エンタープライズ生成AIフレームワークは、「ナレッジグラフ拡張RAG」「生成AI混合技術」「生成AI監査技術」の3つの技術で構成されます。これら3つの技術は単体でも活用できますが、「3つの技術が連動して価値を最大化する」と園田は言います。
ナレッジグラフ拡張RAGは、通常のRAG(検索拡張生成)よりも大量のデータを効率的処理し、生成AIの回答精度を高める当社の独自開発技術です。RAGを適用する企業の大規模データについてナレッジグラフを作成することで、データ間の関係性やデータ全体を俯瞰した回答を生成することが可能です。この技術は複雑な質問応答の精度を測定するベンチマーク「HotpotQA」で世界1位を獲得しています。
生成AI混合技術は、プロンプトエンジニアリングやファインチューニング不要で、特化型生成AIを自動生成するものです。クエリ(タスク実行のための要求)特性とモデル特性から必要なAIモデルを自動選択します。適切なAIモデルがない場合は、新たにAIモデルを自動生成します。この技術は、運輸業でドライバーの最適配置を行う特化型AIの生成や、サポートデスクでインシデント対応担当者を最適配置する特化型AIの生成に活用されています。
生成AI監査技術は、生成AIを法令や企業規則に準拠させるための技術です。法令や企業規則に対応するナレッジグラフと、規則に準拠しているかを判断する特化型AIを作成し、入力したデータに規則違反がないかどうか、判断と判断根拠を出力します。生成AIの判断と判断根拠に矛盾がないかどうか確認できるので、精度高く規則違反をチェックできるのが特徴です。
エンタープライズ生成AIフレームワークは7月から順次提供を開始します。
FUJITSU-MONAKAのソフト開発を先行
次に、富士通研究所 先端技術開発本部 本部長の新庄が、次世代グリーンデータセンター向けプロセッサ「FUJITSU-MONAKA」(※)について説明しました。
昨今、AIやビッグデータの活用によってデータセンターの消費電力が増大し、地球温暖化など環境に悪影響を与えています。この問題に対処するために、当社は、省電力と高性能を両立したデータセンター向けプロセッサFUJITSU-MONAKAを開発しています。
FUJITSU-MONAKAは、2ナノメートルテクノロジーを採用したArmベースのCPUです。低電圧技術を含む富士通の独自技術により競合比2倍の処理性能と電力効率を目指します。144コア、コンフィデンシャルコンピューティングなどにより、データセンターを始めとする、AIやHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)といった様々なワークロードに必要なデータ処理性能と信頼性、セキュリティ機能を提供します。
新庄は、「FUJITSU-MONAKAを様々な分野で活用できるようにするために、広く共創を開始している」とし、FUJITSU-MONAKA上で稼働するソフトウェアの拡充に取り組んでいることを紹介しました。特に、機械学習、深層学習、データアナリティクス、データセキュリティといったAI、HPCに必要とされるソフトウェア群を厚くカバーしています。さらに、OSSコミュニティと連携し、単一コードで異種AIアクセラレーターを活用可能にするためのUnified Acceleration技術の開発を進めています。最新事例では、従来Intelの数値演算ライブラリに依存していたoneDALをArmベースCPU上で動作可能にしました。
このように、ハードウェア出荷前からソフトウェア群の拡充、ArmエコシステムやOSSコミュニティとの連携に取り組むことで、出荷後にお客様のデータセンターですぐに利用できるようにしています。
※FUJITSU-MONAKA:この成果は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業の結果得られたものです。
AIを軸に地球規模の課題に挑む
最後に、富士通研究所 所長 岡本が、富士通全体の研究戦略を示しました。
当社は、5つのキーテクノロジー「AI」「コンピューティング」「データ&セキュリティ」「ネットワーク」「コンバージングテクノロジー」に領域を絞って研究開発を進めています。岡本は、今後の研究戦略として、「AIを軸として、これらのキーテクノロジー領域を融合し、新しい価値を創出していく」と説明しました。
AI×コンピューティングの技術融合領域では、AIの発展に伴う地球規模の電力問題に対処していきます。2030年には、地球の全電力の10%がデータセンターで消費されることになると言われています。ここで当社は、AIの計算資源の大部分を占めているGPUの利用効率を高める技術を開発しました。現在、様々な効率化技術を搭載した最新のスーパーコンピュータでもGPU利用率は30%程度にとどまっています。当社開発の「AI Computing Broker」技術を用いることで、GPUを100%フル活用できるようになります。この技術によって削減できる電力は、日本の約2400万世帯の年間電力消費量相当になると当社は試算しています。
AI×データ&セキュリティの技術融合領域については、生成AIや合成コンテンツによる偽情報がもたらす社会リスクに対処していきます。2024年の世界経済フォーラムでも、「AIがもたらす偽・誤情報は最大のグローバルリスクである」と言われました。当社はこの命題に対して、ルールメイキングと技術開発の両面で取り組んでいます。ルールメイキングに関しては、2023年のG7広島サミットで打ち出された「G7広島AIプロセス」、日本政府が進めている「AI事業者ガイドライン」など、国際ガバナンス形成の議論に賛同参画しています。技術面では、インターネット上の偽情報・誤情報を判定する「真偽判定統合分析システム」を開発しています。
AI×コンバージングテクノロジーの技術融合領域では、環境、社会、経済のトレードオン施策を自動で立案するソーシャルデジタルツイン技術を開発しました。現在、モビリティ、エネルギー環境、防災・防犯、ウェルビーイングといった分野で社会実証を進めています。当社の「リアルタイム3Dツイン生成」技術を使うと、1台の単眼カメラでリアルタイムに都市の3Dツインを作ることができます。
AI×量子コンピューティングの技術融合領域では、量子コンピューティングがもたらす桁違いなコンピューティングパワーによって、AIの発展に貢献します。当社は、量子機械学習の分野で、世界最高速の量子CNN(畳み込みニューラルネットワーク)技術を有します。また、量子ノイズ除去する「量子オートエンコーダ技術」の開発に世界で初めて成功しました。岡本は、「ここは、両分野で世界トップクラスの技術力を有する当社ならではの融合領域」と位置づけました。
関連情報
筆者プロフィール
富士通株式会社 グローバルマーケティング本部
マネージャー テクノロジーマーケティング担当
羽野 三千世