BANI時代のSX経営を拓くデータドリブンサプライチェーン変革
Article|2024-10-15
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「デジタル・ダーウィニズム」の潮流がグローバル社会・経済を覆っています。チャールズ・ダーウィン氏を代表する自然学者が適者生存をもとに進化論を説いたように、不可逆的なテクノロジーの進化への対応に遅れた企業は加速度的に競争力を落としかねない世界が急速に広がりつつあります。
富士通はテクノロジーを生み出す企業として、またテクノロジーを活用する企業として、国・地域や部門の枠を超えたデジタルトランスフォーメーション(DX)を急速に進めています。DXを持続可能な成長につなげるため、全社的な変革や新たな成長領域の育成にも取り組んでいます。
本レポートでは富士通 執行役員 EVP CSSO(最高サステナビリティ&サプライチェーン責任者)の山西高志が、サプライチェーンへのデータとテクノロジーの活用、レジリエンス(強じん性)の向上や脱炭素化への対応、グローバル・サプライチェーン・マネジメントに必要なガバナンス構築の実践と課題などを包括的に示します。富士通とともにDXを戦略的に積み上げ、未来志向で企業価値向上への旅に踏み出しましょう。
本レポートの一部を抜粋してご紹介します。全文は以下よりPDFをダウンロードしてご覧ください。
BANI時代におけるサプライチェーンの役割
グローバル経済社会情勢は今、「BANI」の時代を迎えています。
BANIとはBrittle(もろい)、Anxious(不安)、Non-Linear(非線形)、Incomprehensible(不可解)の頭文字を指し、米シンクタンク未来研究所(IFTF)のジャメイ・キャッシォ氏が提唱した現代を映すキーワードです。ビジネスに置き換えると、既存の枠組みや秩序はもろく、前例踏襲への不安が募っています。一方で予測できない(非線形な)変化やイノベーションが次々と起こり、従来の思考では対応できない(不可解な)課題が山積している状況と言えます。
BANI時代において企業のサプライチェーン部門の役割や責任は一段と広く、大きくなっています。ESG関連の非財務情報の開示圧力が強まる中、サプライチェーンの透明性とESGへの取り組みの進化がサステナビリティ経営の価値をはかる重要な判断材料の1つとなっています。
富士通はグローバル・レスポンシブル・ビジネス(GRB)という枠組みを整え、全6項目でサステナビリティ経営のありたい姿を明示しています。サプライチェーンは6項目のうちの1つで、人権とGHG排出削減、多様性の確保で目標を定めています(図表1)。
ビジネス環境の変化に対応したサプライチェーンのあるべき姿を公表する。あるべき姿を実現するためにKPIを立て、達成へ推進する。自社のサプライチェーンのビッグピクチャー(全体像)を描き、優先課題に応じて柔軟に描き直す。これらの実践が、BANI時代におけるサプライチェーンの役割の向上と市場における企業価値の差別化を生む一因になると考えています。
サプライチェーンへのテクノロジー投資が成長を加速する
米ソフトウェア企業のCleoが米欧などの企業の経営幹部301人を対象に調査した「2024年エコシステム統合グローバル市場レポート」(*1)によると、2023年の経営目標を達成できなかった要因は何か、との質問に対し「サプライチェーンの混乱」と答えた割合は41%と「インフレ経済」(49%)に次ぐ2番目でした。一方、調査対象の97%が2023年にサプライチェーンテクノロジーに投資し、うち80%が投資を実行した同年に収益が増えた、と回答しました。
テクノロジー投資を成長につなげるために不可欠なのがデータの品質です。サプライチェーンマネジメントに関する専門家の国際団体CSCMP(Council of Supply Chain Management Professionals)と米ソフトウェア企業のToolsGroupが世界の企業のサプライチェーン専門家約300人を対象に調査した「デジタルサプライチェーン計画見通し2022」(*2)によると、サプライチェーンのDX計画の実行を妨げる障害は何か、との質問に対し「データ品質・データ不足」と答えた割合は41%と2021年調査比約5ポイント上昇しました。
大事なのは、現状のサプライチェーンのどこに不備があり、どんなテクノロジーをどのように充てればどれだけの費用対効果を得られるのかを客観的に評価・分析することです。激しい競争下でも順を追ってデータとテクノロジーへの着実な投資を重ねることが長期的な価値創出につながり、サプライチェーンを競合他社との差別化をもたらす戦略的資産に変えることができるのです。
データドリブンサプライチェーンを実現する「可視化」アプローチ
戦略的資産としてのサプライチェーンは具体的にどんな効果を企業にもたらすのでしょうか。BANI時代に求められるサプライチェーン変革によって得られる効果を大きく4つ、挙げてみます(図表2)。
1つ目は「仮説検証でJust in caseを実現するレジリエンシー」です。2つ目は「サステナビリティとESGへのコンプライアンス」です。3つ目は「サイバーセキュリティリスクマネジメントの高度化」です。4つ目は「業界や国・地域を超えたデータ共有・活用」です。先に挙げた3つを高いレベルで実現し、サプライチェーンを戦略的資産に昇華するために欠かせないのがデータ連携基盤です。
変化のリスクを可視化する
サプライチェーン変革がもたらす効果(=あるべき姿)を実現するためにどんなアプローチがあるのか。富士通がそれぞれの分野で取り組んでいる事例の一端をご紹介します。
まず、外部環境の変化がもたらすリスクへの対応です。災害を例にとります。プロダクトのサプライチェーンの場合、サプライヤー各社と連携し、製造拠点ごとの各工程の状況と災害情報をマッチングさせるデータ基盤を整えています。どこに損害や被害が出ているか、復旧への見込み時間や在庫、代替手段の有無、どのお客様にどんな影響を及ぼすか、といった情報を早期に把握できるようにしています。
以前はヒアリングベースの情報を表計算ソフトにまとめたり、災害時に担当者が一斉に取引先に電話したり、といったアナログな方法で対応していました。データ基盤を活用することで、影響の特定や復旧への行動にかかる時間はぐっと短くなり、その分、富士通の財務目標への影響もいち早く分析・把握できます。
GHGを可視化する
2024年秋から、10~20社のサプライヤーと連携し、Fujitsu Track and Trustというトレーサビリティ基盤を活用して実際の排出データをブロックチェーン上で情報共有する取り組みを試行します。
このトライアルで排出データを共有する精度を高め、その次に「排出削減するためにどんな打ち手があるか」「材料をどう変えればどこまで減るか」という段階に進めます。また、収集したデータはクラウドのプラットフォームに集約します。富士通としてスコープ3を含めた算出に使い、ネットポジティブへの貢献と財務・非財務情報への利活用の検討などを進めています。
重要なのは2つの「標準化」です。1つはIT面の標準化です。2つ目は算定基準の標準化です。Fit to Standardを根付かせることは、サプライチェーンの上流企業に共通する宿題だと考えています。
サイバーリスクを可視化する
お客様のシステムの情報に接点がある取引先各社には、守るべきセキュリティ要件に合意いただいています。一方、客観的な耐性レベルを計る必要もあります。そこで、調達先のセキュリティ対策レベルや脆弱性を診断し、改善するための仕組みづくりやソリューションの活用を進めています。インターネット上の様々な公開情報を収集、調査企業の情報を抽出し、リスクを分析してセキュリティレベルや改善案を示すことが、サプライチェーン上のサイバー攻撃への備えの底上げにつながります。
データ基盤と3つの可視化がさらなるサプライチェーンの価値を生む
「変化のリスク」「GHG」「サイバーリスク」の可視化を支える土台となるのがデータ連携の基盤です。富士通ではOne ERP+というグローバルでデータの標準化を目指すプロジェクトを進めています(プロジェクトの詳細は次章で示します)。変化のリスク、GHG、サイバーリスクを可視化し、さらにデータ連携の基盤を確立することで、戦略的資産としてのサプライチェーンの価値がさらに高まると考えています。
グローバル拠点のサプライチェーンマネジメント
データドリブンサプライチェーンを実行するには、グループ内のガバナンスとデータ基盤の再構築も欠かせません。グローバル拠点の組織・ガバナンスに焦点を当てたサプライチェーンマネジメント変革を振り返ります。
調達分野と国・地域のマトリクス化を組織・ガバナンス変革の起点に
リージョンごとにレポートラインが違う、共通のサプライヤーも不明、購入金額もわからない。10年ほど前の富士通の調達組織には共通言語がありませんでした。
全体像を把握するために取り組んだのが、調達分野と国・地域のマトリクス化です。カテゴリーごとにチーム分けして最も効果的な調達方法への切り替えを検討しました。検討案の中から、グローバルで一本化して交渉した方が富士通にとっても相手先にとっても利点がある、という領域を特定し、それぞれにKPIを立てて実行に移す段取りを踏みました。
2018年に全リージョンの調達組織を本社本部長のレポートライン直轄にする体制の見直しに踏み切りました。グローバルと並行し、国内のグループ会社でもほぼ同じ方法で変革を進めました。抵抗はものすごく大きかったです。配慮したのは、「どこにWin-Winのポイントがあるか」を徹底して探り、地道に一つずつ進めたことです。組織統合からはじめ、ポリシーを一本化、その後にルールを共通化し、サプライヤーへのアプローチもまとめました。あるべきガバナンスの土台がようやく整いました。
データ標準化でさらなる進化を目指す
富士通では2024年10月、データドリブン経営の実現を目指す全社プロジェクト、One ERP+(図表3)が始まります。ようやく富士通内で真の意味でデータドリブンの土台が整う段階まで来ました。One ERP+を待って組織統合をやろうとしても、おそらくできなかったでしょう。あるべき組織の姿を描き、変革を先延ばしせず一歩ずつ進めることが、大きな変革の輪郭を形作るのだと感じています。
おわりに
1990年代、30歳を過ぎたころに米国に駐在しました。現地の調達組織に加わり、いざ仕事をしてみるとFit to Standardをまざまざと見せつけられました。マニュアル通りが効率的であるというルールはBANI時代には当てはまりません。Fit to Standardで組織やガバナンス、仕組みを再構築し、仕事の仕方もマインドも変えていかなければ、たとえデータ基盤やテクノロジーを導入して不安定さを取り除く仕組みを整えても、グローバルのチームワークはうまく機能しません。
富士通は最新のソリューションにすぐアクセスできる立場にあります。一プレイヤーとして感じた使いやすさ、使いにくさへのフィードバックもかけられます。ハードやソフト、その他含めて多面的なサプライチェーンを持っています。次々と生まれるテクノロジーの強み・弱み、お客様ごとの利得と損失の判断基準を、富士通の実践知とともに共有することでよりよい社会の発展に少しでも貢献できるよう、変革を続けていきます。
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