法務DXで複雑さを増すビジネス環境を「成長の機会」にする
Article|2024年11月25日
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「デジタル・ダーウィニズム」の潮流がグローバル社会・経済を覆っています。チャールズ・ダーウィン氏を代表する自然学者が適者生存をもとに進化論を説いたように、不可逆的なテクノロジーの進化への対応に遅れた企業は加速度的に競争力を落としかねない世界が急速に広がりつつあります。
富士通はテクノロジーを生み出す企業として、またテクノロジーを活用する企業として、国・地域や部門の枠を超えたデジタルトランスフォーメーション(DX)を急速に進めています。DXを持続可能な成長につなげるため、全社的な変革や新たな成長領域の育成にも取り組んでいます。
本レポートでは富士通 執行役員 EVP ゼネラルカウンセルの水口恭子が、非連続に変化する時代における法務部門の役割、テクノロジーとデータを活用した法務DXの実践と課題、法務への生成AI(人工知能)活用の方向性、法務DXがもたらすビジネス貢献の勘所を包括的に示します。富士通とともにDXを戦略的に積み上げ、未来志向で企業価値向上への旅に踏み出しましょう。
本レポートの一部を抜粋してご紹介します。全文は以下よりPDFをダウンロードしてご覧ください。
変化に適応する法務部門を目指して
富士通は2021年、Fujitsu Uvanceを立ち上げました。持続可能な世界を実現する7つの重点分野を定め、テクノロジーと様々な業種の知見を融合し、業種横断でグローバルにお客様のビジネス成長と社会課題の解決に挑む事業です。
グローバル標準のビジネスを展開するには、法務部門もグローバルに一貫したサービスをビジネス部門に提供しなければなりません。ビジネスの競争力を支え、高めるために素早く、効率的に、品質の高い法務サービスを提供する。目まぐるしい環境の変化に対応できるよう、生産性を上げる。変化に適応する法務部門への変革を目指して2022年、英国のチームを中心に富士通の法務DXの取り組みを始めました。
海外拠点でスモールスタート
英国を中心に開発したのが、ServiceNowをベースに構築した社内法務プラットフォーム「AskLegal(アスク・リーガル)」です。法務案件を3段階の難易度別に記録、難易度が高い案件はリソースを重点配分してサポートし、定型的な依頼や質問はチャットボットで回答まで導きます(図表1)。地域ごとに現在進行形の案件数を示し、法務の仕事の「見える化」も進めました。業務の偏りを把握することでメンバー間の協働を促しやすくなり、作業負荷の適切なバランスを通じたサービスの向上につなげます。
海外で開発を進めたのは、アジャイルにスモールスタートをしやすい環境だからです。海外拠点は本社法務よりは業務が絞られており、法務として貢献する先のビジネス自体もある程度絞られており、トライ&エラーを繰り返しながら、実践の中で性能を高めるのに適していたのです。
2022年度からEurope、APAC、Americasに順次、導入して実用性を磨いてきました。日本でも本格的な導入を進めています。日本は富士通の利益の大半を占める市場です。海外で培った機能をそのまま日本に移植しても、最大限の効果は発揮できないでしょう。ビジネス部門の要求を常に吸い上げ、試行錯誤を重ねながら不断に改善を続けています。
(出典)富士通作成
法務の専門性が分化、人材獲得は一段と難しく
データやテクノロジーで不確実性を越え、限られたリソースで生産性を高めるのはこれからの法務部門に必須の課題だと考えています。法務の専門性が分化し、人材獲得が一段と厳しくなることが背景にあります。
例えば個人情報の保護。EUでは2018年に一般データ保護規則(GDPR)を施行しました。以前だと、法務部門の同じチームの中で個人情報保護に関するスタディーや取引の交渉を手掛けていましたが、GDPRは求められる義務が組織や技術に関するものなど多岐にわたり、違反した場合のリスクがグループ全体に影響を及ぼすため、専任チームで対応する必要がありました。今後はグローバルで同様のサービスが展開されるビジネスや活動がますます増えると思います。
こうした変化に適切に対応するためにも、データやテクノロジーによる法務DXは欠かせない変革です。富士通の法務DXの具体的な効果はSection3で詳述します。変革は道半ばですが、歩む道のりと目指すゴールははっきりしています。
テクノロジー活用の熟練度がグローバル競争力を左右する
OECDの加盟国の経済団体で構成する経済産業諮問委員会(BIAC)が2024年4月に公表した「Economic Policy Survey 2024」(*1)によると、「2024年にさらに積極的に発展する競争力の源泉は」との問いに対し、「デジタル技術の導入」と答えた回答の割合は71%に達しました。「金融へのアクセス」(73%)に次ぐ2位です。
一方、「構造改革の優先課題は」との問いへの答えでは「デジタル移行とインフラ」が75%と2023年調査より5ポイント上昇し、全体のトップとなっています。デジタルの導入の必要性は高まっている半面、その効果を十分に生かし切れていない現状が浮かびます。
世界における日本の現在地も見てみます。スイスのビジネススクールIMDが2023年11月に公表した「世界デジタル競争力ランキング2023」(*2)によると、日本の順位は32位と2022年調査から3つ順位を落とし、過去最低となりました。特に「将来への準備」の要素のうち「ビジネスの俊敏性」は56位と下位に低迷しています。グローバルのデジタル競争力において、日本は後塵を拝していることが見て取れます。
デジタル移行はグローバル共通の解くべき主要課題でもあります。全ての経営機能をデジタル化の範囲としてDXを進めなければ、成長の機会を掴むことはできないでしょう。もちろん、法務部門もその中心の一部を担うべき組織です。
法務DXでビジネスへの貢献度を高みに導く
本章では、AskLegalを中心とした法務DXによって得られた効果や、法務における生成AIの活用についてもご紹介します。
共通言語はデータ
グローバルリーガルダッシュボードによってデータドリブンマネジメントを推進しています。グローバルに散らばる様々な情報ソースから毎月、15万以上のデータを収集し、ワークフローの稼働状況や自動応答率、リスクのリアルタイム把握、ユーザーのフィードバック、財務状況などのトレンドを可視化しています。集めたデータはトラッキング・分析に生かし、人材の最適配置やサービスの改善につなげています。
日本に本社があるグローバル企業の法務部門がFit to Standard(標準化)を主導するのは本当に難易度の高いことである、と改めて感じています。それは、法務は言語ベースだからです。
例えば財務・経理部門であれば数字をベースとしてある程度、コミュニケーションを取れると思います。法務の場合、各国・地域で言葉が違えば、法律・裁判制度という前提条件が違うため、グローバルのメンバーで問題解決方法を議論することに困難を伴います。だからといって各国の弁護士メンバーにすべてを任せしてしまうとグループの価値観やリスク許容度がうまく反映されない場合が出てきてしまいます。
グローバル展開する日本企業の法務部門のほとんどが、おそらく同じ悩みを抱えているのではないでしょうか。解となるのが、データです。データこそが法務の共通言語となるのです。
例えば、法務部門の運営にあたっては、データを分析することでビジネス部門への法務サービスを改善し、さらに法務サービスを使ってもらえるようになる前向きなサイクルを回していきたいと考えています。グローバルな個別案件の解決に当たっては、データを土台として同じ視線で同じファクトを見ることで、リスクの許容範囲といったギリギリの議論を深められ、ぶれない判断基準を築くことができるのではないかと考えています。
法務の業務・サービスをFit to Standardに
レポーティングも抜本的に見直しました。グローバルリーガルレポーティングツールというプラットフォームによって、日本と海外の各拠点がリアルタイムでレポートを共有できる環境を整えました。今ではグローバルで120を超える重要なプロジェクトのリスクレポートを本社がタイムリーに確認できる体制を確立しています。
データを法務の共通言語にし、レポーティングを1つのプラットフォームで完結する。グローバルで「One Legal」を推進する。こうすることで、業務だけでなくサービスもFit to Standardに近づくと考えています。
生成AIで法務DXの真価を高める
今まで取り組んできた法務DXによって、グローバルでみると約2年半で4,000日分相当の作業時間を削減できました。人がやった場合の作業時間を、テクノロジーで自動化できた作業実績をもとに算出しています。さらに生産性を高めるため、生成AIの活用にも本格的に乗り出しています。
一環として、AskLegalに搭載しているチャットボットを生成AIに置き換えようと開発を進めています。従来はあらかじめストレージされたナレッジやノウハウが記載されたドキュメントのリンクにユーザーを誘導する仕組みでした。生成AIに置き換えることで、より話し言葉に近く、ユーザーがドキュメントを開かなくても必要な情報が直接文脈を伴った形で表示されるようになります。(図表2)。海外では2024年秋から実装を予定、日本では2025年度中の導入を目指しています。
(出典)富士通作成
「経験と知見」頼みから脱却
法務の仕事あるあるですが、ベテランの「経験と知見」頼みになりがちな風潮があります。こうした風潮のリスクは、時として対応者による品質にバラツキが生じることです。ビジネス部門の視点に立てば、法務サービスの品質にバラツキがあることへのストレスはとても大きいはずです。
法務DXによって、できるだけ高いサービス品質で標準化したいと考えています。先述したチャットボットや生成AIにはベテランの知識とノウハウを詰め込んでいます。そうすることで高品質に標準化できるだけでなく、若手や中堅もベテランの知識とノウハウを思い切り生かせる環境を作り出せます。
おわりに
法務DXに実効性を持たせるには3つのカギがあると考えています。1つ目は「トップコミットメント」です。法務部門のトップ自らテクノロジーへのアンテナを広げ、勉強を重ね、必要性と効果をメンバーに発信し続けることが欠かせません。2つ目は「スモールスタート」です。最初から大きな成果を上げるのは容易ではありません。トライ&エラーを繰り返しながら、小さな成果を積み重ねることがDX推進の近道となるでしょう。
3つ目は「マインドセット」です。ビジネスを後押しする。ビジネスパーソンに寄り添うことを常に意識して、アウトプットのスピードと質を上げる。こうした考えと行動様式が、優れたユーザーエクスペリエンスを実現します。「ビジネスを後押しするためのできることは何でもやる」と全員で共有することが何より重要です。
富士通の法務DXにゴールはありません。データとテクノロジーによって非連続な変化の時代を乗り越え、グローバルビジネスの伴走者として最適なサービスを創造し、提供する法務機能を目指していきます。複雑さを増すビジネス環境を、リスクではなく成長の機会とする法務部門を実現するために、持続的な企業価値向上への旅にともに挑み続けましょう。
水口 恭子
Kyoko Mizuguchi
富士通株式会社 執行役員 EVP ゼネラルカウンセル
1998年に富士通入社。法務に従事しつつ、ノースウェスタン大学ロースクール留学。計7年にわたり豪州、米国、英国に駐在。ニューヨーク州弁護士。2020年、執行役員常務 ゼネラルカウンセルに就任、法務・知財・内部統制推進本部長を兼務。2022年に、執行役員EVP ゼネラルカウンセルに就任、現在に至る。
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