今、取り組むべき長期的成長アプローチ:”ネットポジティブ”とは

水面に挟まれた道路を白い車が走っています。緑豊かな木々が道路に沿って生い茂っています。上空からの鳥瞰図です。

Report|2025年2月26日

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グローバル経済全体で、企業に求められる期待は驚くべき速さで変化しています。
顧客や規制当局、投資家、そして社会全体が、企業が環境問題や社会的不公正、そして経済的不均衡に対して具体的で意義のある行動を取ることを求めています。この新しい時代では、「害を減らす」だけの対応では不十分であり、目指すべきは人と地球に対してポジティブで持続的な価値を生み出す経済活動です。

これが私たちの言う「ネットポジティブ(Net Positive)」です。このビジネスアプローチは、企業活動による「ネガティブな影響」を最小限に抑えるだけでなく、社会や環境に対して積極的に「ポジティブな影響」をもたらすことを目指します。ユニリーバの元CEOであるポール・ポールマン氏はこの考えを長年提唱しており、「あらゆる製品、事業活動、地域や国、さらには従業員やサプライヤー、地域社会、顧客、将来の世代、そして地球全体を含むすべてのステークホルダーの幸福を向上させること」と定義しています(*1)。重要なのは、このアプローチが利益を放棄するものではないということです。むしろ、世界が直面する最大の共通課題に取り組むことで、長期的な成功を収めることができるとしています。

この考え方は、富士通が掲げる「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスと深く共鳴しています。私たちは、テクノロジーは人のために存在すべきであり、その逆ではないと考えています。私たちは、企業が現在どのような立ち位置にあるのかを把握し、顧客やパートナーを支援するため、Economist Impact社と協力してネットポジティブインデックス調査レポート (Net Positive Index)を作成しました。17か国・1,800名以上のCxO(経営幹部)を含む意思決定層を対象に、自社のネットポジティブに関する方針や意識レベルの成熟度を調査しています。さらに、地域別・業種別に分析を行い、企業がネットポジティブの考え方をどの程度実践し、具体的な行動に移せているかを評価しています。この調査の目的は、単に企業を評価することではありません。むしろ、企業が直面する課題を明らかにし、成長の機会を特定することでネットポジティブな未来への実践的な指針を示すことにあります。持続可能で公平な社会を実現するために、企業がどのような変革を進めるべきかを示す貴重な指標となることを目指しています。

*1: 参考文献: Paul Polman and Andrew Winston’s "Net Positive: How Courageous Companies Thrive by Giving More Than They Take" (Harvard Business Review Press, 2021)

「マイナスを減らす」から「プラスを生み出す」へ:企業の新たな役割

これまで、多くの企業は環境や社会に与える負の影響を減らすことに重点を置いてきました。例えば、CO2排出量の低減、廃棄物の削減、サプライチェーンでの公正な労働環境の確保などがその代表例です。もちろん、こうした「マイナスを減らす」取り組みは重要ですが、それだけでは十分とは言えません。多くの場合は問題を最小限に抑えることに留まり、より良い未来を創ることには直結しません。

これからの企業には、単にマイナスを減らすのではなく、積極的にプラスを生み出すことが求められています。この「ネットポジティブ」の考え方では、社会や環境に良い影響を与える取り組みを重視します。たとえば、公正な賃金を支払うことで質の高い雇用を創出する、地域社会を支援する、環境に優しい製品を開発する、あるいは自然環境の回復に貢献するといったことが挙げられます。
今や環境負荷をゼロにすることを目標とするだけでは不十分です。気候変動や社会格差といった喫緊の課題に対応するためには、企業が主体的に社会や環境をより良い方向へ導く役割を果たすことが不可欠です。

ネットポジティブのビジネス的価値:調査から見えたこと

この調査では、企業がネットポジティブ戦略の経済的な価値を徐々に認識し始めていることが分かりました。調査対象の企業のほとんど(97%)が、財務指標と非財務指標の両方を活用しており、「利益だけでは企業の真の価値を測ることはできない」という認識が広がっていることが伺えます。経営者の多くは、ネットポジティブ戦略を信頼の構築や顧客ロイヤルティの向上、さらには将来の規制への対応に必要不可欠なものと捉えています。透明性やアカウンタビリティを重視することで、企業は予測不可能な未来に対しても柔軟かつ自信を持って対応できるのです。

また、ネットポジティブ戦略は具体的で実践的な成果を生み出すことも明らかになりました。例えば、持続可能なサプライチェーンは、リスクを軽減し、事業の回復力を高めます。また、倫理的な労働慣行は優秀な人材の獲得や定着率の向上にも寄与します。エネルギー効率を高めていくことは長期的なコストの削減につながります。さらに、社会的な視点を取り入れたイノベーションは、新しい市場の開拓や事業の成長につながる鍵となります。

こうした取り組みが注目を集めている理由のひとつに、投資家の意識の変化があります。多くの投資家が、環境や社会的責任を真剣に考えている企業ほど、長期的な成功を収める可能性が高いと考えており、こうした企業への関心が高まっています。

進展はあるが、まだ道半ば

一方で、多くの企業がネットポジティブを目指しているものの、その取り組みはまだ道半ばであることがわかりました。ネットポジティブ指数の平均スコアは100点満点の55点にとどまり、サステナビリティへの意識が高まっている一方で、具体的な行動が追いついていない現状を表しています。また、調査した企業の半数以上が、サステナビリティの目標とその他の優先すべき事柄が対立していると回答していて、長期的な視点の取り組みと目先の利益のバランスを取る難しさが浮き彫りになりました。

この画像は、業界別のスコアを示す表です。対象業界全体の平均スコアは55です。小売業が57点で最高、エネルギー・公益事業が56点、製造業が55点、モビリティが54点、金融サービスが52点となっています。表の見出しは濃い青色です。

業界ごとの進捗にも違いが見られます。製造業では、CO2排出量の削減や廃棄物削減の分野で取り組みが進んでいますが、これは取り組みが直接的に収益に結びつくためだと考えられます。また、サービス業では、従業員の福祉を向上させたり、地域社会との関係を深めたりすることにおいて、さらなる取り組みの余地があるなど、いずれの業界でもネットポジティブな考え方を完全に取り入れているとは言えません。

私たち全員が、これまでの「コンプライアンスを重視したマイナスを減らすアプローチ」から「積極的に社会や環境にプラスの価値を生み出す戦略」へと移行する方法を考え、それに向けて取り組まなくてはなりません。

なぜ変化は加速しないのか?

ネットポジティブへの関心が高まりつつある一方で、取り組みが進まない背景の一因として、多くの企業が守りの姿勢に留まっていることが挙げられます。従来のESGの考え方は、リスク軽減やコンプライアンスの遵守を中心とし、企業活動によるマイナスの影響を抑えることに重点を置きがちです。たとえば、多くの企業はCO2排出量の削減や強制労働の撲滅といった課題に取り組んでいますが、公正な賃金の支払いや地域社会の福祉向上といったプラスの影響を生み出す取り組みは後回しになりがちです。実際、企業の設定する目標のうち、負の影響を減らすものがプラスの影響を生み出すものよりも20ポイント高いという調査結果もあります。しかし、ESGは本来、害を減らすだけでなく、積極的に価値を創出する視点も含まれているべきです。ESGマインドをアップデートし、ネットポジティブアプローチを取り入れることが重要です。

この棒グラフは、企業が今後5~10年間にわたって、自社の従業員、バリューチェーンの従業員、地域コミュニティ、製品・サービス利用者に対して、ネガティブな影響の削減とポジティブな影響の拡大を目的としたコミットメントや目標を設定している割合を示しています。それぞれの項目について、ネガティブ影響削減とポジティブ影響拡大の2つの割合が示されています。

もう一つの課題として、企業が進めるサステナビリティの取り組みの多くは「環境」に偏っている傾向があります。多くの組織がCO2排出量の削減や資源利用の最適化に投資する一方で、人権の尊重や労働環境の改善といった社会的課題への関心が相対的に低いのが現状です。この不均衡により、従業員や地域社会といった重要なステークホルダーが軽視され、結果的に評判や事業運営に課題を引き起こす可能性があります。

さらに、別の問題を生じさせているのが、複雑化したサプライチェーンです。92%の企業が直接的な排出量(自社で管理可能な範囲)を追跡しているのに対し、サプライチェーンネットワークの裾野における間接的な排出量を測定している企業はわずか57%で、特にスコープ3排出量の主要なカテゴリー全体を開示している企業はわずか4%にとどまっています。このギャップにより、隠れた効率の悪さや不適切な労働条件、環境負荷のホットスポットを特定することが困難になります。
また、サプライチェーンの複雑性に加え、企業は相反する規制や組織内の変革への抵抗といった課題にも直面しており、これらがネットポジティブの実現を阻む大きな要因となっています。

この棒グラフは、社会・環境面のサステナビリティ目標達成における主な障壁を示しています。サプライチェーンの問題(54%)、サステナビリティ目標と他の事業上の優先事項との間の矛盾(53%)、規制ガイドラインの不足(47%)、変化に対する組織内の抵抗(46%)が大きな障壁となっています。サステナビリティ予算の不足(32%)や業界の同業他社間のコミットメントの不足(31%)も課題として挙げられています。

調査によると、ほとんどの組織がネットポジティブアプローチのメリットは主に財務的な側面にあると期待していることも明らかになりました。効率化によるコスト削減は、気候リスクの低減や業務の強靭性・復旧力の向上と並んで、最も期待されるメリットとして挙げられています。これらは確かに重要な要素ですが、企業はこれらのメリットと、社会的および環境的影響というより広範な展望のバランスをとる必要があります。ネットポジティブをビジネス計画の端から中心へと移すような戦略の見直しがなければ、発展は難しいままでしょう。

成功の兆しと前進の機会

課題がある一方で、着実な進展も見られます。企業の中には、単なるコンプライアンスへの対応にとどまらず、価値の定義を広げて、人々の生活や環境の改善に取り組む動きが出てきています。
たとえば、63%の企業が財務指標と並んで社会的・環境的目標を統合し始めています。ただし、これらの目標の優先順位としては依然として利益目標の二の次であるケースが多いのが現状です。

ネットポジティブ指数で最も高い評価を得たのは小売業界であり、この分野では透明性が進んでいます。多くの企業が、サプライチェーンにおける健康、安全、公正な賃金の管理方法を開示しており、データを活用した意思決定が信頼とアカウンタビリティの向上につながることを示しています。

組織間のコラボレーションも今後の成長を期待できる分野です。企業は、気候変動やサプライチェーンにおける労働権の問題といった構造的な課題に対処するため、NGOや政府、さらには競合企業と連携するケースが増えています。調査によると、26%の企業が第三者によるサプライチェーンの実践の評価を受け入れています。こうした企業は、アカウンタビリティと信頼の基準を確立しつつあります。

データとテクノロジーは、これらの進歩を支える重要な役割を担っています。テクノロジーを活用したサステナビリティの取り組みを進めている企業は、業界の中でも収益や利益目標の達成度も高い傾向が見られます。しかし、テクノロジーの導入には課題もあります。45%の企業が、新しい技術の負の影響を評価するプロセスを持っていないほか、44%がトレードオフ(利害の衝突)を管理する枠組みを持っていません。こうした課題を解決することで、企業はリスクを回避するだけでなく、ネットポジティブな成果をさらに拡大することが可能になります。

テクノロジーがネットポジティブの実現を支える

企業がネットポジティブの理念を具体的な成果へとつなげる上で、テクノロジーは重要な役割を果たします。
たとえば、データインテリジェンスプラットフォームを活用すれば、労働環境やCO2排出のリスクが高い領域をリアルタイムで把握でき、課題を特定して的確に対応することが可能になります。サステナブルな製造システムは、廃棄物やエネルギーの消費量を削減するだけでなく、安定した雇用の創出にも貢献します。また、ブロックチェーン技術は、倫理的な調達を担保し、サプライチェーンの透明性を高める手段として、ますます活用されています。

この画像は、テクノロジー活用度と企業業績の関係を示すグラフです。目標達成度別に、利益、収益、市場シェアのスコアを比較しています。活用度が高いほど、スコアも高い傾向が見られます。

こうしたテクノロジーを取り入れることで、企業はネットポジティブの考え方を具体的な戦略へと落とし込み、事業の成長と社会的な価値の向上とを両立させることができます。富士通はこの変革を支援し、ビジョンを実現させるための革新的なツールを提供しています。

ネットポジティブの実現に向けた4つの方法

ネットポジティブを目指す取り組みは、企業が社会的責任を果たすだけでなく、顧客や投資家、地域社会との関係を強化し、ビジネスのサステナブルな成長を支えるものです。この取り組みを始めるには、考え方の変革やデータとテクノロジーの活用、そして目的を共有するなどの協力が鍵となります。

では、ネットポジティブの実現には、どのようなステップが必要なのでしょうか。その方法を4つのポイントに分けてご紹介します。

1. 視点をシフトする
「害を減らす」だけではなく、企業活動によって社会や環境にプラスの影響をもたらせる可能性を積極的に意識することが大切です。資源の利用方法や労働条件、データプライバシーといった日々の意思決定が、人々の生活を改善する大きな機会につながることを認識しましょう。

2. データを活用する
データは、ネットポジティブを実現するための道筋を示す羅針盤です。まずは現状を正確に把握するためのデータを収集・分析し、どこに課題やギャップがあるかを特定しましょう。次に、最も大きな効果を生み出せるのはどの分野かを見極めることが重要です。データを可視化することで、人に焦点を当てた明確な目標を設定し、その進捗を把握することが可能になります。

3. テクノロジーを活用して行動に移す
テクノロジーは、ネットポジティブの理念を具体的な成果に変えるための強力なツールです。AI、ブロックチェーン、データ分析などの技術を活用することで、サプライチェーンの状況や資源の利用状況、ステークホルダーのニーズなどをより詳細に把握できます。このような信頼性の高いインサイトをもとに、労働環境の改善や環境負荷の低減、そして長期的な信頼関係の構築を図ることが可能となります。

4. 目的を持って協力する
真にネットポジティブな影響を生むには、サプライヤーや地域社会、NGOなど多様なパートナーとの連携が欠かせません。その際、データに基づくインサイトを活用し、共通の利益や具体的な改善点を特定することが重要です。同じ目標や情報を共有することで、協力はより戦略的で効果的なものとなり、意義のある成果を生み出せます。データを活用した協力は、全員が共に前進するための基盤となるでしょう。

ビジョンを現実に

「害を減らす」から「ネットポジティブ」へとシフトすることは、一朝一夕で実現できるものではありません。従来の指標を見直し、新たな協力関係を築き、さらには変革を支える力に投資する必要があります。しかし、その先には、ステークホルダーからのより強固な信頼やより柔軟な事業、規制への対応力、そして顧客・従業員・地域社会からの継続的な支持といった、大きな価値が待っています。

いま、企業に問われているのは「行動すべきかどうか」ではなく、「どれだけ速く、効果的に行動できるか」です。目的をデータに基づく戦略と結びつけ、信頼できるテクノロジーを活用することで、企業は単なるコンプライアンスへの対応を超え、持続可能な成長と社会への貢献を両立する未来を切り拓くことができます。

未来は待つものではなく、創るものです。いまこそ、考えを行動に移し、ネットポジティブの視点をビジネスの中心に据える時です。富士通は、この取り組みを支えるパートナーとして、企業と共に歩み続けます。ともにネットポジティブな未来へ、一歩を踏み出しましょう。

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