日本を代表する6企業が徹底討論
いま、マーケティングに求められること
Report|2023年9月21日
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生命保険、通信、自動車業界、金融そして化学メーカーなど…異なる業種をつなげ、「マーケティング」の切り口から社会課題の解決の糸口をみつけることはできないか?日本を代表する企業のマーケティング責任者・担当者が集まり、経済が直面する課題について意見を交わしました。
コロナ禍以降の市場の変化をどう見るか?社会課題への取り組みが必須の時代に、マーケティング責任者に期待される役割とは?会合は、2022年秋から半年にわたって富士通の主催で開かれ、この度レポートを公開致しました。本記事では、最終日の会合から議論の一部をご紹介します。
左から)
株式会社デンソー 研究開発センター マーケティングオフィス室長
伊藤好文氏
株式会社レゾナック・ホールディングス 最高マーケティング責任者
藤田茂氏
日本電信電話株式会社 取締役執行役員 研究開発マーケティング本部 アライアンス部門長
工藤晶子氏
アフラック生命保険株式会社 執行役員
長野正裕氏
株式会社ジェーシービー 執行役員 総合企画部長
久保寺晋也氏
富士通株式会社 執行役員EVP CMO
山本多絵子
(※所属・役職は記事掲載時点のものです)
(※株式会社レゾナックの藤田様のコメントは、後日、個別にインタビューし頂いたものです)
ポスト・コロナのマーケット変化とは
―コロナ禍が終息しました。マーケットの変化をどのように分析していますか。
富士通 山本:
コロナや世界情勢の動きの中で、改めてデジタル技術がなくてはならないものになっているのを感じます。中でも、ITセキュリティの強化が求められてきているのはひとつの特徴ですね。
もうひとつの変化は、生成AIの登場です。OpenAI社のChatGPTがすごいスピードで世の中を変えています。インターネットが出てきたときと、同じぐらいの衝撃ではないでしょうか。
―アフラック様はがん保険を中心に、生きるための保険を販売されています。マーケットに変化はありますか。
アフラック 長野氏:
生命保険業界も大きな変化を迎えています。金融では特にZ世代を始め若い方の間で、老後をどうしようという不安が高まっているのを感じます。実際、「つみたてNISA」(*1)といった商品が人気です。私の上司の子供が大学生ぐらいなのですが、アルバイト代から、月1万円ずつ「つみたてNISA」をしている。昔と比べて信じられないくらい堅実で保守的な若者が増えているというのは大きな変化です。
ただ、日本ではなかなか(投資や運用についての)金融リテラシーが高まらないのが課題で、国内のほとんどの家計資産が預貯金として眠っている状態。これは欧米と比較すると異質です。でも、来年からNISAの制度が拡充されるので、金融が大きく変わる可能性があると思っています。
(*1)つみたてNISA:18歳以上を対象に、少額からの長期・積立・分散投資を支援するために2018年に国が導入した制度。一定の投資信託が非課税となる。
長野正裕氏
―NTTの工藤様、ITネットワークをめぐるトレンドはいかがですか。
NTT 工藤氏:
日本の経済安全保障というところが話題になっていると感じます。米中関係の影響もありますし、エネルギー自給率や食料自給率を上げようという動きもある。災害も多発しています。社会全体でそうした課題に取り組まねばと、ひとりひとりが考え始めていると思います。
また、コロナの流行と同時に「DXが必要だ」とさかんにいわれ始め、ITを使って社会課題を解決していこうという空気が醸成されてきたような気がしています。
工藤 晶子氏
―クレジットカード会社、JCBの久保寺様からみた社会の変化は。
JCB 久保寺氏:
政府が観光立国をいい出して、インバウンド推進の文脈で、キャッシュレス化が進められました。私たちの業界は右肩上がりにすごい勢いで…変な話、寝ていても成長しているというくらいです。
そうした中、これまで全く関係なかった事業者がどんどん参入しています。例えば、QRコード決済というのは新しいサービスですが、5年ほどで当たり前のように皆さんが使うようになった。その流れで、お客様の経験値が、ものすごい勢いで上がっているんです。
私はJCBが結構新しい会社だと思っていたのですが、気づくとまるで老舗のようになっている。改めて、企業としてどのような価値をお客様に提供しなければいけないのか、考え直さねばならない時期にきていると感じます。
久保寺 晋也氏
―デンソーの伊藤様、脱炭素化をめぐる動きが激しい自動車業界の市況を教えて頂けますか。
デンソー 伊藤氏:
自動車業界はなかなか厳しい状況があります。よくいわれているのが、100年に1回の大変革期・CASE (Connected、Autonomous、Shared & Services、Electric)と呼ばれる流れです。
特にこの1年間ぐらいは、カーボンニュートラルに向かういわゆる電動化の分野で、日本の自動車業界がビハインド、後れを取っているとされています。
でも実際は、2000年から日本はハイブリッド技術で、環境面では最も進んでいたのですよ。それが今、政治のパワーで土俵を変えられようとしている。いわゆる電動化でも、ハイブリッドではなくBEV(*2)が中心となるように、ヨーロッパ、アメリカ、中国でルールチェンジされようとしている状況です。
これを企業努力だけではなく、政治も含めてどうしていくかが、業界の大きな課題です。雇用をはじめ自動車の問題は、日本全体の産業に影響するので、国内でアライアンスをしっかりと組み、世界で勝つことを考えていく必要があります。
(*2)BEV: Battery Electric Vehicle。バッテリー式電気自動車。外部から充電した電気を動力源として走る車のこと。
伊藤 好文氏
―レゾナック様は昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が一緒になり、2022年に新会社としてスタートされました。藤田様からみたマーケット変化とは。
レゾナック 藤田様:
デジタル化がコロナ期間中に加速したのは間違いないです。私たちも、マーケットの情報について、SaaSサービス(*3)などを使い、デジタルで共有できる形を作ろうとし始めています。会社でデジタル化が加速していて、見ているとお客様も同じなのですね。きちんとキャッチアップしていかないといけないと思っています。ChatGPTにしても、活用できるものは活用しないといけないですし、乗り遅れると置いていかれる。スピードがとにかく速くて、私たちもお尻に火がついている状態です。
(*3)SaaSサービス:Software as a Service。インターネットを通じクラウド上にあるソフトウェアを利用するサービスのこと。
いまこそマーケティングにできること
―それぞれの業種で、マーケティング領域ができることとは何でしょうか。
デンソー 伊藤氏:
自動車産業では、特に新興国戦略ですね。もう中国は新興国といえないですが、インドや東南アジアの市場を奪われてしまうと、かなり厳しくなってしまう。新興国で日本の自動車業界の土俵を描いて、他の企業などをその上に乗せる、その戦略をどう立てられるかがマーケターとしての仕事とおもいます。
あとCASEの流れのなかで、自動車業界だけではなく、他の業種や企業も組み合わせて、グローバルにどう戦っていくかを考えなければいけない。アライアンスをどう組んでいくかというのがマーケティングとしてはすごく鍵になると思っています。
アフラック 長野氏:
生命保険のマーケティングのアプローチというのは(規制のために)限られているのですが、その中でも、お客様のリテラシーを上げるための啓発と情報提供は同時にやらないといけないと思っています。 生命保険みたいな商品は、一生のうちに数回しか考えるタイミングがないので、なかなかリテラシーが上がりづらい商材です。そうしたなかでも、お客様に正しい情報提供をすることで、意思決定を支援するのが、マーケティングとしてできるアプローチかなと思います。
NTT 工藤氏:
NTTが目指している循環型社会についてブレークダウンしていうと、いかに分散型ネットワーク社会、つまり 「遠いけれど繋がっている、直接は繋がっていないけれど、実は繋がっているよ」というものを作れるかです。
1つ目の分野はモビリティ。2つ目が、農業漁業などの1次産業。3つ目が食料自給。4つ目が、エネルギー自給率につながる宇宙環境エネルギー分野です。いくら地球上でエネルギーを削減しても、結局エネルギーをどこかに付け替えているだけなのですよね。宇宙に行って、太陽を使ってエネルギーを作り、エネルギー問題を解決する。災害や有事の際は通信も宇宙からダーッと落とせばいい。
NTTはいまIOWN(*4)という新しい光伝送の技術によるネットワーク構想を推進しています。新技術を使うことでエネルギーコストの問題とか、いろいろなことをクリアしていけるのではないかと考えています。取り組みたい最後の分野はメディカルへルス。ひとりひとりがデータを活用して健康な生活を送る「ケアジャンル」を作れたらいいなと思っています。
(*4)IOWN:Innovative Optical and Wireless Network、アイオン。NTTが推進する最先端の光通信技術を使った新しいネットワーク構想。
JCB 久保寺氏:
企業としていろいろなことを考えなければいけないタイミングです。 ただのぺイメントでは生き残れないので、総合金融なのか、いや、金融は飛び越えて、お客様と繋がる商品サービスをつくらなきゃいけないのか・・・ということまで、つきつめて考えなければいけない。今までとは違うお客様との付き合いが必要になってくることは確かだと思います。 ですので、こういう異なる業種で集まる場って、すごく大事だと思っています。
また、ペイメントから離れて、どうやってお客様に価値を提供できるのか。個人的に考えているところでいうと、日本が世界に伍していくうえでは、日本の中でやり合っているだけではもう駄目です。協調領域を作るという発想が必要です。データに関しては、JCBはものすごい数を持っていますので、これをオープン化して皆さんに使っていただくインフラのような仕組みをつくってはどうかと・・・もう儲けを度外視して、やれることがあるんじゃないかなと考えたりしています。
山本:
私たち富士通には、テクノロジーカンパニーだからこそできることがあります。特に、お客様のふところに入り込んで、デジタル化を進めて社内変革を支援できるのですね。皆さまの社内を繋げていくために、マーケティングのファンクションが役に立つのではないかなと思っています。
レゾナック 藤田様:
レゾナックは、いまが創成期です。そういう意味で、CxO体制を形だけ作ってしまったところがあり、CMO(マーケティング最高責任者)や部署の役割、機能とは何かとずっと考えてきました。
社内には多くの事業部があり、成長戦略がそもそもないような部や、新しいマーケットのことなんて考えていない部もあります。そういった社員も巻き込んで、どう成長戦略を描いていくか。皆さんのやり方を伺う中で、新しいマーケットを開拓するだけが戦略ではなく、成長のための仕組みや仕掛けを考えないと駄目だなと感じました。
藤田 茂氏
異業種間アライアンスの強化に向けて
―最後、4回のラウンドテーブルを振り返っていかがでしたか。
アフラック 長野氏:
生命保険という規制が多い業種で、マーケティングといってもどれだけご参考になるようなことがいえたかはなはだ不安でしたが、皆さまからいただいた知見やアイディアは刺激になりました。
NTT 工藤氏:
いいたいことをいえる会でした。継続が大事ですね。マーケットは毎日変わっていくので、これからもご意見をいただければと思っています。
JCB久保寺氏:
業種によって考え方が違うのが刺激的でした。 日本が元気になっていく上で、こういう頭の中をぶつけ合う取り組みから価値を生み出せればいいなと思っています。
デンソー 伊藤氏:
他にもCMOの会合はいくつかありますけども、このように何回も同じメンバーで会話していく形式は初めてでした。今後も繋がりを持ち、連携していければと思っています。
レゾナック 藤田氏:
同じマーケティングでも、業界やマーケットによって物の見方が全く違うということが、印象的でした。機能性化学材料メーカーの中だけで、マーケティングの役割を議論していたのかもしれないと、新しい視点を与えていただきました。
―ラウンドテーブル主催者の山本よりお礼のご挨拶です。
山本:
マーケティングの視点から社会課題の解決策を探る場としてこの会を設け、半年間、大変短く感じました。実は、日本の企業経営では、マーケティングという役割を十分に使い切っていただけていないという思いがずっとありました。近年では、企業の「社会課題への取り組み」が必須となり、社会トレンドを鳥瞰的に捉え、部門横断的な立場で包括的に戦略を練るという、マーケティング部門が担う役割が、ますます重要になっています。
今回、業種・業態の異なる企業から集まっていただいたことで、それぞれの皆さまの企業内部の変革はもちろん、企業同士が連携してひとつの社会課題に取り組むことで、新しい切り口による価値創造モデルを生み出せるのではないかと感じました。
CMOを起点とした企業間の共創に向けて、このようなラウンドテーブルを継続的に開催して参りたいと思っております。
プロフィール
アフラック生命保険株式会社 執行役員
長野正裕
1996年アフラックに入社。2019年提携金融第一営業部長、2020年マーケティング企画部長を経て、2022年執行役員に就任し、商品開発や営業企画部門を担当。2022年6月よりSUDACHI少額短期保険株式会社 取締役を兼任し、2023年4月よりアフラックペット少額短期保険株式会社 取締役も兼任。
日本電信電話株式会社 取締役執行役員 研究開発マーケティング本部 アライアンス部門長
工藤 晶子
企業のICTソリューションの活用提案、広報、宣伝業務を通じたマーケットとのコミュニケーション企画等を担当。その後、NTTコミュニケーションにて、グローバル化する日本企業のDXを推進する法人営業に従事。東海エリアでは、広く行政支援や経済活動を行いながら法人企業のお客様のDXも担当。パートナー企業と新しいビジネスモデルを企画する営業本部長を経て、2023年6月より現職。
株式会社ジェーシービー 執行役員 総合企画部長
久保寺 晋也
1994年JCB入社。1997年営業本部ダイレクトマーケティング室、2001年法人営業部を歴任。 2003年人事部配属となる。2006年4月よりグループマネジャーに就任。2017年イノベーション統括部長、2021年執行役員マーケティング部長、2023年4月より執行役員総合企画部長。
株式会社デンソー 研究開発センター マーケティングオフィス室長
伊藤 好文
ソニー(株)にTVエンジニアとして入社後、QUALIAや中国市場独自商品、VAIOなど商品企画に従事、VAIO Pシリーズなど個性的なモバイル製品を立ち上げる。2014年VAIO(株)の新会社立上げで商品戦略・企画を統括した後、2017年より(株)デンソーへ。全社マーケティング組織として中長期の全社戦略立案や社内外事業のマーケティング支援を統括。
株式会社レゾナック・ホールディングス(旧:昭和電工株式会社)最高マーケティング責任者(CMO)
藤田 茂
2013年Hitachi Chemical Asia-Pacific Pte. Ltd.代表取締役社長。2017年、昭和電工執行役に就任。昭和電工マテリアルズ執行役員CMO。2023年1月 レゾナック・ホールディングス執行役員CMO。
モデレーター
Ridgelinez株式会社 上席執行役員Partner
Customer Experience Practice Leader
平山 将
CMO Roundtable Report
CMOが新たな役割を果たし、企業のグロースを牽引していく際に障壁となる代表的な「6つのGAP」。
本レポートでは、GAPの解消に向けて、CMOが果たすべき役割に関する提案を中心に、討議を通じて導き出したCMOを軸とした組織や体制、価値創造プロセスのあるべき姿など、多くの企業に共通して役立つ洞察を掲載しています。
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