本音で語る人的資本経営 「働きがいデータ」の効果的な使い方とは?
Report|2024年7月18日
この記事は約5分で読めます
人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」。中途採用の増加、ジョブ制や副業の推進などーー企業の働き方をめぐる環境は、大きく変化しています。
人への投資を通じ企業価値を高めようとする取り組みの中で、注目が集まっているのが、社員の「やりがい」や「働きがい」を示すデータの活用です。
しかし、企業の多くの人事責任者が、これらのデータの活用に試行錯誤していることが、富士通と日本を代表する企業6社の議論を通じてわかってきました。
本稿では、2024年5月に開かれた会合の一部を振り返ります。
(左から)富士通 平松浩樹、NTTドコモ 栗山浩樹氏、リコー 瀬戸まゆ子氏、テルモ 足立朋子氏、三菱UFJ銀行 丹後健史氏、三井化学 安藤嘉規氏
※所属・肩書はすべて取材時のものです(2024年5月)
始まった「人的資本経営」カギは人材データ活用
「CHROラウンドテーブル」は、企業のCHRO(最高人事責任者)が業種の垣根を越えて集まり、働き方をめぐる共通の課題について議論しようと企画されました。NTTドコモ、テルモ、三井化学、三菱UFJ銀行、リコー、そして富士通の6社が参加し、2023年7月から人的資本経営と人材データの活用などについて、検討を重ねました。約1年にわたる議論で取り上げた、実例や課題について多くの企業と共有するため、このたびレポートを発行いたしました。
人事に関連する非財務データの中で、熱心な議論が行われたのは、従業員の「エンゲージメントデータ」です。近年、社員が仕事にやりがいを感じ主体的に業務に取り組めているか(=エンゲージメント)を定期的に調査し、社員が能力を発揮するための取り組みに反映せようという動きが広がっています。
エンゲージメントデータは、数多い非財務データの中でも、業績と相関があるのではないかと言われることが多い指標です。2024年5月の会合では、このエンゲージメントデータについて、4社の代表と富士通CHROの平松が意見を交わしました。(※リコー 瀬戸様はご欠席)
会では、エンゲージメントのスコアが高ければ高いほど、財務指標の向上にもつながるかというと、そうは簡単ではないという声が相次ぎました。
従業員「働きがい」示すエンゲージメント分析に試行錯誤
ーーエンゲージメントデータによる可視化と分析に取り組んだ率直な感想を教えて下さい。
富士通 平松:
いまは、各社がエンゲージメントデータの分析に挑戦している過渡期といっていいと思います。しかし、エンゲージメントが上がったら、業績が上がるという単純な考えはナンセンスだというコンセプトで、ラウンドテーブルは進めさせて頂きました。
NTTドコモ 栗山氏:
NTTドコモグループでは年1回の調査に加えて四半期ごとにも調査し、事業目標の指標の一つにしています。エンゲージメントが上がらないと人材が活性化しないという考えで、役員報酬にも反映させています。
しかし、非常に業績を上げている組織でも、エンゲージメントスコアが悪いということがあるんです。例えば、事業転換させた組織でエンゲージメントが高くないことがあります。分析すると、新しい事業はきちっとした業務プロセスができていない中で社員が頑張りますので、ストレスがたまるからですね。
一方で、伝統的な組織の方がエンゲージメントは高いかというと、そうでもない。
業績とエンゲージメントの相関性は、まだ丁寧に見てフォローしないといけない段階と言えますね。
栗山浩樹氏
三菱UFJ銀行 丹後氏:
三菱UFJフィナンシャル・グループ全体で、年に1回エンゲージメント調査と、毎日一問一答に回答する調査を組み合わせています。
最近の傾向として、構造改革の中でグループのパーパスを出し、中期経営計画で経営が進む方向を発信していることには、社員の理解はあるとデータからうかがえます。一方で、日々の業務の中でそれを感じられますか?と質問をすると、必ずしも社員はそういうことは感じていない。ストレートにエンゲージメントスコアが上がってこないということがあります。
丹後健史氏
三井化学 安藤氏:
昨年から毎年、全世界の約2万人の社員に同じ質問をする調査をしています。業績とのリンクですが、財務指標的な業績は、やはり為替など他の外部要因が強く働きます。エンゲージメントスコアと直接的に結びつけるのは無理だなと、今回改めて思いました。
安藤嘉規氏
ーー社員の働きがいが「エンゲージメントデータ」という形で数値化・可視化して、分析できるメリットとは?
富士通 平松:
富士通の場合は、世界中の富士通グループの組織のエンゲージメントの状態が、ひとつのプラットフォーム上でデータとして扱えるようになったという点は大きいと思います。
テルモ 足立氏:
テルモグループ全体では、2年に1回のスパンで調査しています。これまで、社員は患者さんの命を救ったりQOL(生活の質)を上げたりする社会貢献について、特に有意義に感じているのではないかとなんとなく思っていたのが、サーベイによって全世界のテルモグループで同じように「テルモでの仕事は有意義である」という設問のスコアが高く、共通の認識があることを理解することができました。
足立朋子氏
三井化学 安藤氏:
当社では、「権限移譲・自律性」のカテゴリーに関わるポイントが全社的に高く出ました。伝統的な日本企業型が多い製造業では珍しいと言われていて、当社の文化の一つだと思います。これからも大事にしていきたいですね。
ーー企業カルチャーを数値として可視化することにつながったわけですね。非常に興味深いです。
スコアを上げるのではなく、対策を打つことが大事
今回のラウンドテーブルでは、富士通はデータ統合基盤Palantir(パランティア)を使い、当社が年2回行う31項目の質問に対するエンゲージメントデータを詳細に分析し、因果関係が認められる項目がないか検証する試みを紹介しました。その結果、ウェルビーイングの領域で、「男性は心理的報酬のスコアが高いと他の項目も高まる可能性がある」「女性はチームワークなど周囲の環境がウェルビーイングに結びつく可能性がある」というインサイトが得られました。分析結果は出席者に共有され、活発な意見交換が行われました。
ーー各社からは、スコアを上げることにとらわれず、調査データの分析を活用して有効な対策を打つことこそが重要だという声も相次ぎました。
三井化学 安藤氏:
例を挙げますと、とある工場で若返りが進んで現場の30代ぐらいに非常に負荷がかかっているというのがサーベイで出てきました。昔だったら40・50代のベテランがやっていたような作業責任者を、ちょうど子供も生まれ家族を見なければいけない時期にやらなければならない。経営として、それではそこに焦点を当てるアクションをしていきましょうということですね。
NTTドコモ 栗山氏:
組織のトップは社内の色々な層の温度感を、常に肌で感じられるわけではないので、職種などのレイヤーごとに数値化し把握できるというのは非常に価値があります。サーベイは、経営として施策を打つための体温計のような役割だといえると思います。
テルモ 足立氏:
そうですね。分析はもちろん重要ですが、どのような解決策が良いのかという対話につなげていくところに、エンゲージメントデータに対するアプローチの鍵があるのかなと感じています。
三菱UFJ銀行 丹後氏:
エンゲージメントスコアは大事ですが、それがゴールではないですね。上げ方が重要、何によって上がっているか分析することが大切だと思います。
クロスインダストリーで「人的資本経営」推進を
ーー最後に、通信、金融、医療など全く異なる業種を横断して意見を交わされたことについて感想をお願いします。
NTTドコモ 栗山氏:
海外事業でも国際的な人材競争になっている中で、いろんな業種の方の施策を知ることができたのは非常にありがたかったです。ここまでやっているのかという取り組みも多く、参考になりました。
テルモ 足立氏:
同じテーマでも皆さんアプローチが違いますね。皆さんがそれぞれの事業環境での課題に対して一生懸命に考えていらっしゃる姿から、私もエネルギーをいただきました。
三井化学 安藤氏:
データの取り方でも、調査が匿名ではない社もあり驚きました。また、ここまで解析できるのかというところが、刺激になりましたね。
三菱UFJ銀行 丹後氏:
共通した悩みがあるなか日頃悩んでいることを本音で話せたことが大変刺激になりました。ありがとうございます。共通の課題を横の繋がりで見ることができたことが非常に有意義でした。
富士通 平松:
このように人材データの分析について試行錯誤した内容を開示しているレポートはなかなかありません。人的資本経営を進める多くの日本企業にとって、参考になると思います。皆さま、ありがとうございました。
平松浩樹
プロフィール
栗山浩樹
Hiroki Kuriyama
株式会社NTTドコモ代表取締役副社長CFO、CIO、CISO、CPO、CCO、CRO、CHO
NTTグループ中期経営戦略の策定・交渉や、B2B2Xビジネス推進に従事し、トヨタ(スマートシティ)、三菱商事(産業DX)、Jリーグ等と提携やTokyo2020準備を担当。2020年6月よりNTTコミュニケーションズ代表取締役副社長に就任。法人営業、Smart Worldビジネスやコーポレートを担当。2022年6月よりNTTドコモ代表取締役副社長に就任。NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアとの経営統合による新たなグループ体制において、国際、コーポレート、財務、情報戦略等を担当。2024年7月よりNTTドコモ・グローバル代表取締役社長に就任。
足立朋子
Tomoko Adachi
テルモ株式会社 経営役員チーフヒューマンリソースオフィサー(CHRO)
1990-2005,2010-2019:ソニー(日米欧)にて、人事制度企画、チェンジマネジメント、組織・人財開発などを推進。2005-2009:欧州にて人事コンサルタント業を営み日欧グローバル企業向け人事戦略・施策の支援を行う。2019年2月よりテルモにて8つの事業部の内4つの本部が海外というグローバルビジネスを支えるグローバル人事戦略を推進、2023年4月より現職。
安藤嘉規
Yoshinori Ando
三井化学株式会社 取締役 専務執行役員 CHRO
1986年に三井石油化学工業株式会社(現 三井化学株式会社)入社。システム部、労働組合執行部を経て、主要事業の原料調達に携わり海外プロジェクトに参画。2005年にシンガポールへ赴任し、現地プラント向け主原料調達に携わりながら新規事業の立ち上げを起案する。帰国後は事業企画を経て、社長秘書、人事部長を歴任し、2021年に専務執行役員に就任。2022年より現職。
丹後健史
Takefumi Tango
株式会社三菱UFJ銀行 取締役常務執行役員 CHRO(人事部担当)
1993年入行し、千住支店、青山支店、事業戦略開発室、営業第六部、人事部、新橋支社次長、リテール企画部次長を経験。2015年麻布支店長兼麻布支社長、2019年執行役員事務企画部長、2021年執行役員デジタルサービス部門副部門長(事務企画部担当)を歴任し、2023年取締役常務執行役員CHRO(人事部担当)就任。
瀬戸まゆ子
Mayuko Seto
株式会社リコー コーポレート上席執行役員 CHRO
日本の大学を卒業後、米国マサチューセッツ州の大学にて臨床心理学を学び、卒業後は州内のクリニック・病院で勤務。2000年にキャリアチェンジし、米国製薬会社の日本支社から会社員としてのキャリアをスタートする。その後、外資系金融会社や日本社での人事経験を経て、2020年4月にコーポレート上席執行役員 CHRO 人事部部⾧としてリコーに入社。
CHRO Roundtable Report 2024
本レポートでは、参加企業から共有された人的資本経営の事例を基に、人事データを使って企業価値を向上させるストーリーの構築と、各社のデータ分析から得られた新しい示唆をまとめています。
関連リンク
人的資本経営、どう進める?~大手5社の人事トップが本音で語った