【山口周】脱炭素時代に求められる「4つの認識」の変化
NewsPicks|2023年12月8日
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自然環境の危機から生物多様性の減少、食糧不足、エネルギー安全保障、山火事などさまざまな問題をもたらしている気候変動。
この地球規模の課題解決に向けて、世界中でカーボンニュートラルの動きが加速している。日本でもここ数年、脱炭素に関する議論が浸透するようになったが、まだ地球が抱える深刻な問題を自分ごと化できている人はそう多くないのではないか。
地球の持続可能性に関する議論を自分ごと化し、価値観や行動様式を社会全体でアップデートするために必要な認識の変化とは。
著書『ビジネスの未来』でも「高成長」を一概によしとする価値観からの脱却を促し、地球資源と経済成長のバランスの両立の重要性を説いた山口周氏と、テクノロジーによる可視化を起点に脱炭素社会の実現を目指す富士通 青柳一郎による対談から、いま私たちに求められる認識の変化と行動変容を考える。
なぜ欧州の取り組みには「継続性」があるのか
──今年6月、お二人は欧州へサステナビリティの取り組みを視察するツアーに参加されたそうですね。
山口:ええ。オランダのアムステルダムからデンマークのコペンハーゲンまで回り、計9社の取り組みについて現場を見学したり、経営層とディスカッションを行ったりしました。
青柳さんはこの視察を通じて、サステナビリティに関する考え方や行動について欧州と日本の違いをどのように感じましたか。
青柳:まず感じたのは、海外企業は「見せ方」が上手だということです。
日本企業もCO2削減やリサイクルに取り組んでいますが、とにかく地道に取り組むことが美徳であるという意識が強い。
一方、海外企業はサステナビリティを付加価値と捉え、ワクワクするような面白い取り組みとして発信している。
加えて、10年、20年の長期視点でサステナビリティと向き合うなど「長期投資」の視点も印象的でした。
たとえば今回視察したデンマークの大手海運会社APモラー・マースクは、2040年までにサプライチェーン上の温室効果ガス排出量を実質ゼロにすると宣言し、バイオ燃料(グリーンメタノール)の導入を推進しています。
使用するエネルギーが変われば、バイオ燃料に対応した船舶へ切り替えなければいけない。また輸送時のCO2排出量を削減するには、航路も見直さなければならない。
これらの施策は短期的には収益にネガティブなインパクトを与えますが、自分たちが業界の先行者になれば、長期的には投資を回収できる。要するに、先行者利益を得ることができるのです。
山口:私も時間軸の長さ、つまり「継続性」が印象に残りました。20年にわたる取り組みとなれば、その間にCEOも交代します。3人や4人にまたがることもあるでしょう。
一般的に経営者は、前任者がやっていたことを否定し、新たな方向性を示したがるものです。
しかし今回視察したフィリップスやハイネケンなどサステナビリティの先進企業では、CEOが代わっても会社としてコミットするテーマや領域が継続されていました。
──なぜ、それらの企業は継続性を保てているのでしょうか。
山口:やはりそこに「ロジック」があるからでしょう。
気候変動がビジネスに与える影響やサステナビリティの取り組みが、自社の収益にどうつながるのか。本業と環境や社会に貢献する活動の関係が論理的に整理されている。
トップが代わっても、大きな目標や指標が受け継がれるため、会社の方針は基本的に変わらない。
一方でロジックがない企業は、その時々で世間に受けそうなことに手を出してしまう。サステナビリティとビジネスの関係があやふやなので、世の中の潮目が変わるたびに方針もブレてしまいがちです。
欧州企業がサステナビリティを「本業で利益を出すための中心的活動」と位置付けているのに対し、日本企業はいまだに「本業の営利活動の脇でやる社会貢献活動」と捉えているケースが多いと感じます。
環境問題を自分ごと化できない理由
──生活者としてサステナビリティを自分ごと化するのは簡単ではないように思います。特に日本人にとって、なぜ環境問題をロジカルに捉えることが難しいのでしょうか。
山口:私なりに仮説を述べるのであれば、日本は環境の浄化能力が高いゆえに環境保全意識が育ちにくいのではないかと考えています。
日本は高度経済成長期に各地で公害問題が発生しましたが、その多くはすでに解消されています。
一方、北欧諸国では1940年代以降、酸性雨によって河川や湖沼に生息する生き物が大量死するような現象が拡大しました。
そこで原因を分析した結果、北欧のスカンジナビア半島に被害をもたらしている酸性雨の成分の大半は、イギリスやドイツなど中央ヨーロッパ諸国の工業地帯で排出され、偏西風に乗って運ばれたものと判明したそうです。
この事実がわかったのは1960年代末。さまざまな対策が取られましたが、スウェーデンでは1990年代になっても約2割の湖沼で生き物が棲めない状況が続いているというレポートもあります。
半世紀以上前の環境汚染を身近に感じやすい欧州の人たちは「ある世代がやったことは、次世代やその次の世代まで影響を及ぼす」という現実をまざまざと見せつけられてきました。
一方海に囲まれている日本は、他国の影響を受けにくいことに加えて、地形に高低差もある。一時的に汚染物質が堆積しても、河川などを通じて外部へ排出されやすい環境にあります。
だから「公害」と呼ばれたほどの環境汚染も、30年ほどで解決できた。それを見て育った私たちは「ある世代がやったことは簡単に片がつく」と解釈してしまったのではないかと。
この違いは、欧州と日本の環境問題に対する基本的な態度にも影響しているのではないかと、私は考えています。
青柳:大変興味深いお話ですね。私は、日本人が目先のことばかり考えがちなのは、「自然災害の多さ」も影響しているのではないかと考えています。
大規模な地震や洪水の発生頻度が低い欧州では、数百年前の街並みが現在もそのまま残っていることが多い。それに対し、日本は自然災害により定期的にスクラップ&ビルドが繰り返されてきました。
だから日本人は「遠い将来よりも、今日明日を生き延びること」を優先するメンタリティが強化されたのかもしれないな、と。
山口:そうですよね。欧州の街には築200年や300年の建造物が至るところに残っているので、現代の人たちも数世紀前の人たちと自分たちの生活のつながりをイメージしやすい環境にある。
要するに、過去から現在までの時間の流れに想いを馳せる機会が多いため、時間の連続性を意識しやすいという可能性はありそうです。
青柳:環境問題に対するアクションも、そういった認識の違いを踏まえて考えるとよさそうですね。
たとえば日本人は、目先のことに一生懸命取り組みますよね。ゴミを捨てる時も、ルールに従って細かく分別する。私はフランスで5年間暮らしましたが、日本に比べるとだいぶ大雑把な運用を行っていました。
長期的なスパンで物事を考えるのが苦手な反面、「今、何をすべきか」が明確なら行動力を発揮する。これは日本人の強みでもあるんじゃないでしょうか。
物事の捉え方は「時間軸」で変わる
──日本ならではのやり方で環境問題に取り組むには、どのような方法が考えられますか。
山口:先ほど例に挙げたスカンジナビア半島の酸性雨被害は、短期間では解決できないという時間軸の問題に加え、一つの国の行為が他国に影響を与えるという空間軸の問題をはらんでいます。
一方、日本は海を挟んで他国から隔離されているため、自国の行為と他国が受ける影響との関係性をイメージしにくい。この認識の差をどう解消するかが課題ですね。
青柳:「迷惑をかけてはいけない」という考え方は、もともとは日本人の特性として強いものだと思うんですね。
たとえばサッカーの国際試合で日本人サポーターがゴミ拾いをする様子が称賛されましたが、あれは小さい頃から「他人に迷惑をかけてはいけません」と教育されてきた日本人ならではの行動様式です。
私が海外で暮らした経験から言うと、欧米の人たちは他人の目を過度に気にすることよりも、自分の興味・関心を優先する傾向がある。
自他の線引きが明確で「個」が強い文化だからこそ、海外では規則やルールが発達したのではないでしょうか。他人に迷惑をかけないように、ルールによって人々の行動を規定する必要があったわけです。
裏を返すと、日本人の意識を変えたいなら、「他人に迷惑をかけてはいけない」とする日本特有の文化をうまく活かすことがカギになるように思います。
山口:そうなると自分たちの行動が環境や未来に対してどれだけ影響を与えているかが可視化されれば、行動変容が起こりそうですね。
ルールによって人々の行動を縛るヨーロッパ的なアプローチではなく、日本人が本来持っている道徳律や公共性をレバレッジするのは面白い視点です。
──脱炭素に関しては、日本が海外とどのように足並みを揃えていくかも問われています。
青柳:世界と協調するためにも、山口さんがおっしゃった「可視化」は重要なポイントです。
日本企業がグローバル市場でビジネスを拡大するには、国際社会の一員として欧州や米国と歩調を合わせながら、国際標準の規制に対応することが求められます。
それを日本企業で働く個人レベルに落とし込むには、企業の活動や製品のつくられ方、個人の行動が環境問題の解決にどう役立っているかを一人ひとりがリアルに体感できる仕組みや仕掛けが必要です。
山口:まさにそうですね。オランダのマウスコンピューター本社でランチをしていた時、ビル全体から排出されるCO2やカフェテリアから出る食料廃棄物の量がスクリーンに常時表示されていましたよね。
これも可視化によって、環境問題を自分ごと化するための仕掛けです。あれを見て欧州の環境意識の高さは、地道な啓蒙やコミュニケーションの努力を社会全体で重ねてきた結果なのだと実感しました。
だから私は日本の現状についても、実はそれほど悲観していません。環境問題に対する日本のリテラシーを現時点だけで比較すると他国より遅れていますが、長期の時間軸で捉えると実はかなり進歩している。
これは何事にも言えることで、たとえば私が社会に出た30年前は、男性社員が当たり前のように会社のデスクでタバコを吸い、吸い殻で一杯になった灰皿を片付けるのは女性社員の役目という、今では信じがたい状況だったわけです。
現在も国際的な水準に比べれば、日本がジェンダーで遅れているのは事実ですが、それでも30年前に比べれば状況は改善している。同様に環境問題も、努力を重ねれば少しずつ良くなっていくはずです。
青柳:絶対に変わらないと思っていた常識も、10年、20年を振り返るとずいぶん様変わりしている。日本は空気が変わると一気にトレンドが変わるので、これからも何かのきっかけで変化が大きく加速するだろうと思います。
他人に迷惑をかけない配慮やもったいない精神などの日本のよさを発信しつつ、海外から学ぶべきことをどんどん吸収すれば、日本ならではのサステナブルなアクションの形をつくれると思いますし、世界で存在感を発揮することもできる。
取り組みを継続していれば、空気が一気に変わる時がやってくるはずだと、私はあえて楽観的に考えるようにしています。
課題解決は「可視化」からはじまる
──社会全体の空気を変えるためにも、まずは現実を可視化する仕組みやテクノロジーが必要になりそうですね。
青柳:おっしゃる通り、富士通でも可視化および分析・シミュレーションするソリューションの開発や仕組みづくりを進めています。
たとえば企業活動のグローバル化により、モノや情報が国や組織を超えて取引される現在、脱炭素を実現するにはサプライチェーン全体での可視化が不可欠となります。
CO2はいつ、どの工程で、どれくらい排出されているのか。弊社でもCO2を可視化するサービスを提供していますが、排出量を見える化できれば徐々に認識の変化も促せるはずです。
あるいは過剰在庫や廃棄がどこで発生しているのかを見える化すれば、生産量の最適化や将来の予測シミュレーション、これまで廃棄していた原材料や部品を再利用する循環型の仕組みづくりも可能です。
現在はIoTやブロックチェーンなど、あらゆるデータを安全に可視化するテクノロジーが出揃いつつあります。それをデータプラットフォーム上で統合し、「データの収集・流通・分析・利用」という一連の流れを支援しています。
技術的に複雑な部分を富士通が裏方としてサポートする。企業や個人は「可視化されたデータをどう使うか」を考えれば、変革を実行できる。そんなふうにして、社会課題の解決に貢献したいと考えています。
山口:サステナビリティに関するテクノロジーには、「情報」と「モノ」に関わるものがあります。
情報に関するテクノロジーは、青柳さんがおっしゃったようなデータを可視化してつなげる技術。モノに関わる技術は、たとえば着なくなった洋服を機械にポンと入れたら、繊維に分解して別の洋服に作り替えてくれるといった物理的な技術です。
この2つのテクノロジーが足並みを揃えて進化し、ある水準に達して融合したら、一歩進んだ循環型社会が実現するのではないか。
これ以上地球から資源を搾取せず、自分たちがすでに使っているものをリユースやリサイクルをしながら暮らしていける可能性は十分ある。僕はテクノロジーに対してそんな明るい希望を抱いています。
青柳:ぜひそんな究極の循環型社会を実現させたいですね。
私たち一代では実現できなくても、次の世代へバトンを渡しながら、テクノロジーの進化を誰もが使いやすい仕組みとして社会に還元していきたい。それが富士通の果たすべき使命だと思っています。
2023/10/31 NewsPicks Brand Design
執筆:塚田有香
デザイン:小谷玖実
撮影:竹井俊晴
編集:君和田郁弥、宇野 浩志
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山口周
Shu Yamaguchi
独立研究者/著作家/パブリックスピーカー
電通、ボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発と人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループにて、シニア・クライアント・パートナーを務めたのち独立。哲学・美術史を学んだという特殊な経歴を活かし「人文科学と経営科学の交差点」をテーマに活動。主な著書に、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『外資系コンサルのスライド作成術』『ビジネスの未来』などがある。
青柳 一郎
Ichiro Aoyagi
富士通株式会社 Solution Service Strategic本部 Co-Head
松下電器産業株式会社(現Panasonic)を経て、1998年富士通株式会社に入社。複数の事業部門において海外戦略を立案、実行。Kellogg経営大学院でMBA取得後、外務省に出向し日本とインドネシアの経済連携協定交渉に従事。2020年4月DXプラットフォーム事業本部長に就任。データアナリティクスやブロックチェーン等、データ事業を立ち上げ、2022年4月からFujitsu Uvance本部副本部長として、社会課題解決を目指す事業を国内外で牽引。2023年4月より現職。
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