いま知っておきたい、気候科学の世界

 江守 正多 氏、青柳 一郎

NewsPicks|2024年1月10日

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記録的な異常気象、自然環境の危機や生物多様性の減少、食糧不足、山火事などさまざまな問題をもたらしている気候変動。この地球規模の課題解決に向けて、世界中でカーボンニュートラルの動きが加速している。
いまでは、世界的なイシューとして認識されるようになった脱炭素。一方で、一体どのように地球温暖化や気候変動は可視化され、世界が無視できない問題として認識されるようになったのだろうか。
気候変動研究の第一人者であり、「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」第5次および第6次評価報告書主執筆者の一人でもある江守正多氏と、テクノロジーによる可視化を起点に脱炭素社会の実現を目指す富士通 青柳一郎が意見を交わした。気候変動問題の変遷から民間企業の役割にまで及んだ2人の対談から、ぜひ科学が可視化した脱炭素のリアルを感じてほしい。

科学が可視化した「気候変動問題」

青柳:今日は、気候変動研究者である江守さんから、科学視点に基づいた気候変動の可視化の変遷について伺えるとのことで大変楽しみにしてきました。
人間活動が温暖化を引き起こしたことは「疑う余地がない」──。2021年、「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」による世界中の科学者の科学的知見が集約された第6次評価報告書では、そう明言しています。

 IPCCとは?

そもそも気候変動が人間活動によって引き起こされていることを、これまで科学者たちはどのようにして特定し、可視化してきたのでしょうか。

江守:そうですね。はじまりは1958年、米国の科学者チャールズ・デービッド・キーリングがハワイの観測所で「大気中のCO2濃度の計測」を開始したことでした。
そこから現在に至るまで計測が続いています。そしてその結果、60年以上にわたりCO2濃度が上昇し続けていることが確認されたのです。

1950年代からスタートした二酸化炭素濃度の可視化

青柳:季節ごとに多少の変動はあっても、長期的に見ると直線的に伸びている。誰が見ても大気中のCO2が増えていることは明らかですね。

江守:では、「気温の変化」はどうか。気象庁のHPでは約150年前に気象観測を開始して以降の気温データが公開されていて、それを見ても気温がだんだんと上昇していることを確認できます。
しかし、その原因は本当に人間活動なのか。自然が引き起こす何らかの要因でたまたま気温が上がっただけではないか。そんな堂々巡りの議論が長い間続いていました。
そしてそれに対し、IPCCが2001年の「第3次評価報告書」で引用したのが「ホッケースティック曲線」と呼ばれるグラフです。
これは過去1000年の北半球の気温変化を表したものです。20世紀に入って、前例のない急激な上昇を見せていることがわかります。

「20世紀の気温の急上昇」を表すホッケースティック曲線

この変化は自然には起こり得ないものであり、産業革命以降の人間の活動が気温上昇に影響していることを示します。

青柳:歴史を見れば一目瞭然ですね。しかもこの100年ほどは右肩上がりの上昇が続いていて、気温上昇が一時的な現象ではなく、明らかな傾向であることがわかります。
産業革命以降、人類が石炭や石油などの化石燃料を大量に使用したことで、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの濃度が増加し、地球を温めることになったと。
今年7月に国連のグレーテス事務総長が、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」という強いメッセージを発信して注目も集めましたが、いかに現在が危機的状況かを改めて実感します。

江守:「ホッケースティック曲線」が発表された当初は、「中世の温暖期(10世紀ごろから14世紀ごろまで続いた気温の高い時期)が過小評価されている」といった指摘が相次ぎ、かなり批判を浴びたんです。

 江守 正多 氏、青柳 一郎

でもその後の20年間で研究が進み、多くの研究者が他の手法やデータを用いて検証した結果、やはり「ホッケースティック曲線」と同じ近年の急激な気温上昇が認められました。ほかにももちろん、シミュレーションによるこの気温上昇の再現や、理論的な理解も進みました。
そして2021年、ついにIPCCの第6次評価報告書では、「人間活動が温暖化を引き起こしたことは疑う余地がない」と断定した。
これにより“地球温暖化の主な原因は人間活動である”というコンセンサスが改めて世界中に広まり、科学の力が気候変動対策の必要性を決定付けた大きな分岐点だったと考えています。

 科学・テクノロジーの力で「人間活動と温暖化」の関係性を可視化してきた

地球温暖化が進むとどうなる?

青柳:お話しいただいた変遷は一例だと思いますが、こうして専門家が気候変動に関するファクトを可視化してくれたことで、議論の土台となる科学的根拠が示されてきたわけですね。
現在、カーボンニュートラル実現に向けた動きも加速していますが、気温上昇に対して特に対策を打たなかった場合は、地球はどうなってしまうのでしょうか。

青柳 一郎

江守:将来の気温変化を予測したシミュレーションがあります。
1950年からスタートし、時間の経過とともに気温が上昇している場所が赤くなっていき、2100年には地球全体が真っ赤になってしまいます。これは、地球温暖化がこのまま進み、世界平均気温が4℃上昇した場合のシミュレーションです。

 1950年→2100年の地球 将来の気温変化のシミュレーション

青柳:北極まで真っ赤ですね。地球全体で気温が上昇すれば、暑くて人間が住めない地域も拡大します。
人間社会がどんどん縮小し、狭い範囲へと追いやられていくとしたら、人類にとってこれほどのリスクはありません。
また近年の気温上昇が要因となって、絶滅の危機に追い込まれる動植物も増えていますよね。人間だけでなく、地球環境や生態系にも多大な影響をもたらしそうです。

江守:すでに現在でも、アフリカからヨーロッパを目指す難民のうち、一定程度が気候変動を移動の要因とする「気候難民」だと考えられています。
やむを得ず別の地域に移動したとしても、政治経済システムや文化の異なる土地に適応するのは簡単ではない。そのため世界各地で社会的混乱が起こり、秩序の不安定化につながるリスクもあります。
またおっしゃる通り、それは人間だけでなく動植物も同じです。そして気温の低い高緯度地域や山岳地帯へ移動や移植をすればいいといった単純な話ではありません。

 江守 正多 氏

ある種は移動したのに、別の種は移動できずに元の場所にとどまったために、生態系のバランスが崩れてしまい、結局はどちらの種も絶滅の危機に瀕するといったことになりかねない。
さらにはシベリアの凍土が溶け出すと、中に閉じ込められていたウイルスが表出し、人間社会を脅かすのではないかとの予測もあります。

気候変動の連立方程式を解く難しさ

青柳:こうしたワーストシナリオを回避するためにも、民間企業に求められる役割や責任も捉え直す必要がありそうですね。
今すぐ行動を起こさなければいけないのは明らかになっている。とはいえカーボンニュートラルを実現するには、ルールや法規制対応、再生可能エネルギーへの転換、リサイクルの推進など複雑に絡み合ったさまざまな要因を解きほぐさないといけない。
さらにESGやSDGsの枠組みで捉えた場合、企業は気候変動に加えて、人権やジェンダー、ガバナンスなど、幅広いテーマでKPIを設定して取り組みを進める必要があります。

青柳 一郎

しかも何より、営利企業である以上、コストバランスも考慮しなければいけません。
ですから気候変動という問題を解決するには、その解き方も複雑な連立方程式にならざるを得ない。変数が多いために企業は難しい判断を迫られ、それがアクションを起こすまでに時間がかかる要因になっているとも感じます。

江守:おっしゃる通りですね。
正直なところ、気候変動はあまりにスケールが大きくかつ長期的に取り組むべき問題なので、一般の人が気候変動について真剣に考え続けるのは難しい問題だとも思っています。
だからこそ私は、もともと環境問題に強い関心を持つ少数の企業や人の行動に可能性を感じているんです。そういう人たちが社会システムのアップデートを促すことによって、みんなが普通に生活していてもCO2が出ないような社会になっていく。
富士通は、以前からスーパーコンピューターの開発・提供などで気候変動研究の裏側を支えてきてくれましたが、そうしたテクノロジーや仕組みづくりの側面などからも脱炭素をリードしてくれるのではないかと考えています。

 江守 正多 氏、青柳 一郎

青柳:まさにテクノロジーを通じて、気候変動を含めたそれぞれの課題と現状を可視化し、自分たちのアクションとコスト、得られる効果の関係をシミュレーションして意思決定を迅速化できるような仕組みやシステムを構築する必要があると考えています。
すでにCO2排出量の可視化などのソリューションなどは提供していますが、今後は可視化した結果を企業経営のシナリオにどう生かすかというところまで支援できる仕組みを作っていきたいですね。

江守:2015年に採択されたパリ協定では、「21世紀末の世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑えること」を努力目標として掲げました。
そして企業もさまざまな対策を講じていますが、今のスピード感では「気温上昇を1.5℃に抑える」という目標の達成は難しい。
だからこそグローバル企業でもある富士通には、一企業だけの取り組みにとどまることがない、ルールメイキングをはじめ世界を巻き込みながら脱炭素を加速してくれることを期待したいです。

テクノロジーを武器に脱炭素を加速する

青柳:ありがとうございます。おっしゃる通り、富士通はルールメイクへも積極的に参画しています。
脱炭素の領域に限らず、IT製品の規格やAI、量子技術、データ・セキュリティーなども新しいルールの多くは欧米主導で作られています。
過去多くの場合、日本はルールに追随するしかなく、新たな制度や法律をビジネスチャンスに変えるのが難しいという課題があったと感じています。

青柳 一郎

そこで脱炭素については、私たち富士通がルール設計の場に飛び込み、経済を回しながらCO2排出量も削減できる仕組み・仕掛けを自分たちの手で作っていきたい。そんな思いで、さまざまなチャレンジを進めています。
江守 たしかにカーボンニュートラルに限らず、日本はルールメイキングに後れをとっている印象がありますね。富士通では、具体的にどのような取り組みを進めているのですか。

青柳:事例の一つとして、「WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)」(※1)が主催し、「PACT(炭素の透明性のためのパートナーシップ)」のプログラムとして行った実証実験があります。

※1:ビジネスを通じて持続可能な社会を実現することを目的としたグローバル企業約200社のCEOや幹部が集まる組織。富士通は理事を担う。

具体的には、富士通のノートPC製造のサプライチェーンに関わる企業間のデータを連携し、製品のライフサイクル全体のCO2排出量の算出を実現しました。実際のデータを用いたリアルなサプライチェーン全体のCO2排出量を可視化した社会実装としては世界初となりました。

WBCSD PACTプログラム 世界初の社会実装に成功

富士通は2022年11月からPACTのメンバーとしてルールメイクの議論に参加しており、この実証実験もサプライチェーンの企業間連携や方法論の標準化につなげることを目的としています。
富士通の技術力やノウハウを活用して新たな仕組みづくりに寄与しながら、WBCSDを含めた各業界団体や関連するステークホルダーとともに、気候変動の連立方程式を解くためのルールメイキングをリードしたいと考えています。

江守:すべての企業が脱炭素に取り組むべきだといっても、実際は業態や業種によって比較的CO2を削減しやすい企業もあれば、難しい企業もあるでしょう。
こうして全体を可視化し、「この企業が単独でCO2を減らすのは難しそうだ」とわかれば、そこに対して富士通がカーボンニュートラルに向けたソリューションを提供するといった展開も可能になりそうですね。

江守 正多 氏

青柳:おっしゃる通り、グローバルのサプライチェーン全体を最適化し、世界のカーボンニュートラル実現に貢献することが富士通の責務だと考えています。
また江守さんのようなアカデミア、行政、企業など世界中のあらゆる方々を巻き込むためにも、COP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)をはじめ世界に視野を広げることも改めて大切にしたいと思います。

江守:今年は、11月30日からCOP28がドバイで開催されますよね。企業にはぜひこうしたマクロな視点も取り入れてもらえると、脱炭素の潮流を読み解くことにもつながるのではないかと思います。

 COP28

青柳:日本は化石燃料への依存度が高いので、私たちもフェーズアウトの議論は自分ごととして注目しなければいけませんね。
COP28の議題を見ても、脱炭素や気温上昇の抑制を実現するには、越えなければいけないハードルがまだまだあるのだと改めて痛感します。
そのハードルを越えるためにも、富士通はテクノロジーの力で脱炭素に貢献していきたい。

江江守 正多 氏、青柳 一郎

可視化やシミュレーションの仕組みをさらに磨き上げて、「複雑な連立方程式を解くのは富士通にお任せください」と言えるようなソリューションをこれからも世の中に届けていきたいと思います。

2023/11/30 NewsPicks Brand Design
執筆:塚田有香
デザイン:久須美 はるな
バナー画像:“Warming Stripes” by Ed Hawkins/University of Reading
撮影:竹井俊晴
編集:君和田郁弥
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